VISIONARY

CULTURE

ホテルプロデューサー・龍崎翔子が語る「ハコ」の魅力 前編

2018.03.19 MON
ホテルプロデューサー・龍崎翔子が語る「ハコ」の魅力 前編

ミレニアル世代と呼ばれる若者たちとムラカミカイエ氏との対談録。第3回は現役大学生のホテルプロデューサー・龍崎翔子を迎え、彼女の活動を紐解きながら現代的ホテルのあり方について考える。

(読了時間:約6分)

Text by Kaie Murakami

SHARE

この記事をシェアする

こちらの記事は音声でもお楽しみいただけます。

COLLABORATED WITH

温泉街×ミレニアルズ

「足柄の 土肥の河内に 出づる湯の 世にもたよらに 子ろが言はなくに」

万葉集第14巻に収められたこの和歌は、河原からこんこんと湧き出る湯河原の温泉について言及しているといわれている(当時、湯河原地方は「土肥」と呼ばれていた)。万葉集のなかで温泉が歌われているのはこの一首のみであることからもわかるとおり、湯河原は1200年以上の歴史をもつ日本有数の温泉地であり、夏目漱石や谷崎潤一郎など数多くの文豪が執筆活動を行っていたことでも知られている。
そんな歴史と伝統ある湯河原に立つとある旅館が、現役大学生によって運営されているのだという。湯河原駅からクルマで10分ほど離れたところに位置する「THE RYOKAN TOKYO」を運営する龍崎翔子さんは、現在22歳。大学に通いながらもホテルプロデューサーとして全国各地にホテルをつくる彼女は、現在注目を浴びているミレニアルズのひとりだ。

ミレニアルズとの対談を通じて既存の枠にとらわれない新たな価値観を浮き彫りにしてゆく本連載、第3回はそんな龍崎さんをゲストに迎え、「THE RYOKAN TOKYO」を案内してもらいながら彼女の思想に迫っていく。

ゼロからのホテル経営

以前から存在していた旅館に龍崎さん率いるL&G GLOBAL BUSINESS, Inc.が運営に入る形でできあがった「THE RYOKAN TOKYO」は、現在「卒論執筆パック」や「原稿執筆パック」など、数多くの個性的な宿泊プランを打ち出していることで注目を浴びている。

これらのプランはすべて龍崎さんの発想によるものだ。湯河原の前に手がけた大阪のホテル「HOTEL SHE, OSAKA」では各部屋にレコードプレイヤーが置かれているなど、龍崎さんが手がけたホテルは現在ミレニアルズのなかで大きな共感を集めている。

次々と新たなホテルをオープンさせている龍崎さんだが、一番初めに手がけたのは北海道・富良野のペンションだった。まずは龍崎さんの過去を紐解いてゆこう。
──ホテルの経営はお母さまと始めたと聞いたんですが、具体的にはどんな流れで進んでいったんですか?

小さい頃からホテルを経営したいと思っていたものの、母は娘がビジネスを志すことにあまり乗り気じゃなかったみたいですね。大学に入って、まずAirbnbなどの小さいところからやってみようと思ったのですが、1軒ずつ管理するのはコストがかかるからアパートをまるごと使えないかなと思って色々調べていたらペンションに行き着きました。それから不動産のサイトを見ていたら富良野のペンションが出てきて、ちょうどそのころ冬休みで実家にいたので家族にその話をしてみたら、じゃあ一度見に行ってみようという話になったんです。

──そこで実際に行ってみようって展開になるのがすごいね(笑)

10年以上もホテルを作るという夢を持ち続けていたので、母も思うところがあったみたいです。母は教師だったのですが、仕事の節目だったこともあり辞職して一緒に起業してくれました。北海道ではもともとあったペンションを簡単にリノベーションして、Petit-hotel #MELONという小さなプチホテルを始めました。オペレーションなどは全て手探りで実験状態でしたが、その経験を通じて自分たちのホテル観が徐々に見えてきて、その後のホテルに繋がっていったのかなと思います。

──でも、2015〜17年という短期間で北海道、京都、大阪とホテルを増やしていくってすごい飛躍ですよね。

そうかもしれないですね。数的な意味でもそうですし、ホテルの質的な意味でもかなり進化したなと思います。また、会社組織や視座の面でも大きく飛躍したなと思いますね。自分たちなりにブランドやクリエイティブについて考えられるようになりました。

──そもそもホテル経営のノウハウとかあったんですか?

全然なかったです(笑)。以前渋谷のホテルで一カ月ほどバイトとして働いていたときにオペレーションの仕組みやホテル業のビジネスモデル、接客の感覚を覚えて、あとは直感的に動いていましたね。あとからホテル経営のセオリーも勉強したんですが、考え方自体は大きくズレていないなと思いました。

ホテルが街を変えてゆく

──龍崎さんとお母さまとで役割分担はあるんですか?

母が経営管理、私が経営企画といった感じで棲み分けています。マーケティングや広報もわたし担当です。会社にマーケティングなどを専門に担当する人がいるわけではないので、マルチに色々なことをしてます。

わたしたちはホテル業の中では比較的ウェブに強い会社なので、予約サイトやエージェントを挟まず、お客様へダイレクトにマーケティングができるよう、ウェブサイトのUI/UXを改善したり、SNSなどでの個人の発信力に乗っかったプロモーションを行っています。最近は予約サイトにとられる手数料が大きな問題になっていて、仕組みを変えて自社予約の割合を高めることが今後の課題です。

──やることたくさんありますよね(笑)

でも、暇だと面白くないですから。ホテルって24時間365日営業だし、わたし自身オンとオフを分けるタイプでもないので。自分が好きなことの延長線上に仕事があるのはありがたいことだと思いますね。

わたしたちは大阪の弁天町や京都の東九条などブランド力の低いエリアでホテルをつくることが多くて、その方が大変だけど面白いと思っています。ホテルは街の外の人と中の人が交わる、いわばメディアのような場所。「なんでそこ?」と思われるような土地で、地元の人も気づかないような街の魅力を落とし込んだホテルをつくっています。
──ホテルをつくってみて初めてわかったことはありました?

ホテルって、一日だけ違うライフスタイルを「試着」するように体験できる空間だと思いました。だからもっとそこにフォーカスした方がいいなと思って、大阪ではレコードを置いたり、ここ(湯河原)ではyogiboのソファを置いたりしています。ホテルの体験がその人の日常生活を変えられると面白いなと。

それと、いいハコをつくるといい人が集まるんだなって思いました。HOTEL SHE, OSAKAをつくってから、求人にエントリーしてくる人がすごく増えたんです。ホテルのデザインやブランディングは集客や満足度向上のためだと思っていたんですけど、企業広報の面でもめちゃくちゃ効果的なんだなと気づきました。自分たちのつくった空間が会社の「顔」になるんです。

ホテルの体験

──アメリカ横断旅行で泊まったホテルがどれも単調だったことが、ホテルづくりを志したきっかけのひとつだと聞きました。

一カ月かけて東海岸から西海岸に向けて横断ドライブをしたときに、わたしは運転できないからその日泊まるホテルだけが楽しみだったんですよ。でも、毎日ドアを開けると同じ部屋が広がっていて、がっかりしたのがホテルを志す原体験です。自分だったらもっと街の空気感を詰め込んだホテルをつくるなと思ったんですよね。

あと、ラスベガスのホテル群を実際に訪れることができたのも大きかったですね。自由にコンセプトがあり、一つ一つの世界観がしっかりしていたことが刺激的でした。ラスベガスとそれ以外のホテルとのコントラストの激しさが、自分がホテルを目指すようになったトリガーだったのかもしれません。ホテルもアパレルや飲食のように、コンセプトやサービスの多様性があってもいいじゃん、と思ったんです。
──普段からホテルにはよく泊まります?

特に最近は意識的に泊まるようにしていて、この前行ったところだと、奥鬼怒温泉にある武家屋敷を改装した旅館は世界観のつくり込みが細かくてよかったです。プラスチックのものが一切置かれてなかったりするんですよ。ほかのホテルに行くとお客さん目線になれるので、勉強になる部分はやっぱりありますね。

──海外のホテルにいろいろ行ってみるのもいいかもね。

今年中にニューヨークは行っておきたいと思ってるんですけどね。でも、ひとりでどこかのホテルに行って泊まっても、体験が自分のなかにしか蓄積されないなら意味がない気もしていて。だから、最近はTwitterで「#しょこログ」というハッシュタグをつけて泊まったホテルの感想をツイートしています。もっとアウトプットは増やしていきたいなと。本当は、雑誌とかウェブメディアでホテルに関する連載をもてたらいいなと思うんですけどね(笑)。

(後編へ続く)
記事一覧へ

SHARE

この記事をシェアする

FOLLOW US

公式アカウントはこちら

BACKNUMBER Beyond the Box

    RELATED

    この記事を読んでいる人におすすめ

    POPULAR

    RECOMMENDED