伝統工芸を実際に体感できる場所
増え続ける観光客に比例して、いまや数百軒の宿泊施設が存在する京都。とくに京町家をリノベーションする宿の開発は引きも切らず、街のいたるところに工事現場を見かける。そんなしのぎを削る京町家ホテル事業に参入したのが、京都で1688年から西陣織の織屋を営む「細尾」だ。
御所南エリアの路地裏にたたずむ大正時代の京町家をフルリノベーションし、2017年7月、「HOSOO RESIDENCE」を開業した。外観は伝統的な町家の形式を守りつつ、インテリアには同社のテキスタイルブランド「HOSOO」のプロダクトや、日本古来の左官技術をふんだんに取り入れている。手に触れる機会が少ない高度な職人技を、コンテンポラリーなライフスタイルに違和感なく落とし込んでいるのが、この宿の最大の魅力だ。
細尾の12代目である細尾真孝氏は、「遠い存在の伝統工芸ではなく、実際に体感していただく場所をつくりたかった。職人の仕事を未来につなぎ、技術を残していくことが私たちの使命なのです」と話す。
大きなワンルームのような宿
細尾ののれんが静かに揺れるのは、両替町通りから入った袋小路の5軒長屋。全貌を見渡せないが故に、アプローチから日本文化特有の奥ゆかしさを感じる。
のれんをくぐり玄関を上がると、3色ストライプの土壁が出迎える。土をつき固めてつくる「版築」と呼ばれる構法でつくられたもので、西陣の聚楽土、伏見の深草土、兵庫の赤土が層を成す。
のれんをくぐり玄関を上がると、3色ストライプの土壁が出迎える。土をつき固めてつくる「版築」と呼ばれる構法でつくられたもので、西陣の聚楽土、伏見の深草土、兵庫の赤土が層を成す。
この宿には、部屋と部屋を仕切る建具がない。いわば大きなワンルームなのだが、建物の全体像を把握できる場所は内部にもない。設計を担当した建築家の細尾直久氏は、「外観、内観ともに断片しか見えないのがこの宿の特徴です。分断された中に過去と未来の技術をリンクさせるのが狙いでした」と説明する。
版築の土壁を挟んで裏側にあるダイニングスペースには、「研ぎ出し」と呼ばれる左官の技でつくられたサイドボードがある。その上に鎮座するステレオは、日本発の高級オーディオメーカー「テクニクス」と「HOSOO」のコラボレーションによるもの。音を妨げないよう、夏物の帯でも使われる技術を応用した「HOSOO」独自のテキスタイルをスピーカーに採用している。
白砂が光る中庭に面したバスルームには、墨を混ぜた黒漆喰の壁を採用した。「天然の素材にこだわり、すべての材料に顔料は入れていません」と細尾直久氏。月明かりの下、研ぎ出し仕上げのバスタブに浸かれば、日本らしい陰翳(いんえい)の美学を感じられるはずだ。
確かな腕を持つ日本の職人たちの技が融合
京都市山科区のロートアイアンメーカーがつくった鉄製手すりをたどって2階に上がると、左右にベッドルームと和室。両室から望む吹き抜けの壁には、西陣織のアートピースが掛かる。リノベーション前の荒々しい土壁の跡を記録撮影し、それらを最新の西陣織のテクノロジーで再現。もともとあった場所に掛け直した。過去と未来の文脈をつなぐ、いわば時間のアートピースである。
「HOSOO RESIDENCE」は、ソフト面にも非日常のディテールが光る。例えば、宿泊客に手渡されるiPhoneは、コンシェルジュとつながるのはもちろんのこと、細尾ならではのきめ細やかな京都の情報が詰まっている。
ダイニングルームのサイドボードには、コーヒー、ほうじ茶、紅茶がそれぞれ入った開化堂の茶筒。ワインセラーには細尾セレクトの赤白ワイン(有料)が用意されている。スリッパやアイマスク、送迎サービスの車内インテリアも、すべて「HOSOO」のファブリックだ。
そもそも、日本の工芸技術は分業制であることが多い。特に西陣織は、図案家、意匠紋紙業、撚糸(ねんし)業、糸染業、綜絖(そうこう)業…と高度な技術をもつ職人たちの集大成である。
確かな腕を持つ日本の職人たちの技が融合したこの「HOSOO RESIDENCE」から、日本が誇るクラフトマンシップを未来へつなぐという細尾の強い意志を感じとれた。
確かな腕を持つ日本の職人たちの技が融合したこの「HOSOO RESIDENCE」から、日本が誇るクラフトマンシップを未来へつなぐという細尾の強い意志を感じとれた。
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