ART / DESIGN

金型研磨の職人技から生まれた、革命的なワインデキャンタ

2018.02.09 FRI
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金型研磨の職人技から生まれた、革命的なワインデキャンタ

2018.02.09 FRI
金型研磨の職人技から生まれた、革命的なワインデキャンタ
金型研磨の職人技から生まれた、革命的なワインデキャンタ

ワインを空気に触れさせることで、秘められていたワインの奥深い味や香りを華開かせるデキャンタ。ガラス製が定番のこのアイテムに、独自技術で革命を起こした企業がある。ワインとは縁もゆかりもなかった、愛知県にある自動車部品の製造を主な事業とする横山興業だ。

(読了時間:約7分)

Text by Yasuhito Shibuya
Photographs by Kazuya Tanaka , BIRDY.

たった数秒のデキャンタージュで、味と香りがまるで別物に

「まさか? たった数秒でこれほど変わるなんて……」。そんな言葉が思わず口から出た。目の前の2つのワイングラスに入っているのは、つい先ほどまで同じボトルに入っていた同じワイン。ただ、ひとつはそのままグラスに注いだもの。そしてもうひとつが、目の前のステンレス製デキャンタに注いで5秒間ほどスワリングして(ワインを内側の壁に沿わせて回転させて)から注いだもの。

ただそれだけなのに、香りと味はまるで別物。スワリングの時間をさらに伸ばしてみると、香りと味はさらに違ったものになった。赤ワインでも白ワインでも、またスパークリングワインでも、このデキャンタを使うことで1本のワインがさまざまな香りと味で楽しめる。
デキャンタージュしたワインをグラスに注ぐ。一度に行えるのはグラス1〜2杯分
デキャンタージュしたワインをグラスに注ぐ。一度に行えるのはグラス1〜2杯分
あなたがもしワイン通なら、デキャンタージュをご存じだろう。上質なワインにはブドウと酵母による発酵、熟成から生まれた豊穣な香りと味が秘められている。これを引き出すのがデキャンタージュ。ワインを飲む30分から2、3時間前に開栓し、ボトルからガラス製の底の広いデキャンタに移しておく。するとワインは空気に触れて適度に酸化し、秘められていた香りや味が姿を現す。

しかし、これは手間も時間もかかる作業だ。またデキャンタはクリスタルガラス製なので高価。しかも慎重な取り扱いが必要だ。

「BIRDY. DC700 デキャンタ」は、このデキャンタージュに革命を起こした画期的な製品。割れる心配のないステンレス製で、数秒から数十秒というごく短時間でデキャンタージュが行える。ワインに限らず、シェリー酒や日本酒でも、このデキャンタを使うと、飲み慣れたお酒から新しい香りや味、口当たりが楽しめる。「お手頃なワインがひとクラス上のワインに変わる」と評価するソムリエもいる。
素材は18-8ステンレスで、直径約93mm、高さ145mm、容量約700ml、重さ約260g
素材は18-8ステンレスで、直径約93mm、高さ145mm、容量約700ml、重さ約260g

性能の秘密は、金型製造で培われた研磨技術

この革命的なデキャンタを開発・製造したのが愛知県豊田市にある横山興業。1951年創業の同社は、順送プレス加工、SFP工法(スマート・フォージ・プレス工法)など独自のプレス加工技術で、主に自動車関連部品の製造を行う従業員数200名の中堅企業だ。同じ市内にあるトヨタ自動車をはじめ国内の自動車メーカー向けに、主にシート回りの部品を生産している。
横山興業の大見工場。主にクルマのシート回りの部品を生産している
横山興業の大見工場。主にクルマのシート回りの部品を生産している
JR名古屋駅からクルマで約1時間。この製造現場を取材するために同社の大見工場を訪ねた。創業者から3代目、代表取締役社長を務める横山栄介氏に案内された工場の中にはプレス機械が並び、休みなく稼働していた。眺めているとロール状の厚い鋼板がプレス機に吸い込まれ、大きく複雑な形状の金型で幾度も連続でプレスされて、完成部品となって出てくる。これが同社の得意とする順送プレス加工だ。
順送プレスによる自動車関連部品の製造現場。プレス機の奥に原料のロール鋼板がある
順送プレスによる自動車関連部品の製造現場。プレス機の奥に原料のロール鋼板がある
順送プレス機。左から入ったロール鋼板が右に送られ、その間に長い金型で何度もプレスされ自動車部品になる
順送プレス機。左から入ったロール鋼板が右に送られ、その間に長い金型で何度もプレスされ自動車部品になる
工場内に保管される順送プレスの金型とサンプル。平らな鋼板が金型でプレスされることで製品になる
工場内に保管される順送プレスの金型とサンプル。平らな鋼板が金型でプレスされることで製品になる
独自技術のSFP工法で作られた歯車にも驚かされた。形状が複雑で、高い工作精度が要求される歯車は、普通、金属素材を切削、研磨して作る。ところがSFP工法なら、プレス加工だけで正確な形状と寸法の歯車が完成する。サンプルの切断面は平滑で美しく、エッジもシャープ。金属の表面もまるで磨いたような滑らかな仕上がりだ。
SFP工法で作られた部品。プレス加工で作られたとはとても思えない
SFP工法で作られた部品。プレス加工で作られたとはとても思えない
横山興業はこうした独自のプレス加工技術で、金属製の自動車関連部品を高品質、低コストで大量生産してきた。そしてこの技術の要が、プレス加工で使う金型の製作で活躍する職人技。なかでも素晴らしいのが「磨きの技」である。

金属のプレス加工では、プレスされた瞬間、金属が金型に沿って流れて形が変わる。そしてこの“流れ”を最適化することで精密な加工が実現できる。そのため、複雑な金型の角やくぼみなどを最適な形状になるまで磨くのだ。

求められる磨きの精度は1万分の1ミリ(0.1ミクロン)レベル。そのため、ただ1カ所の磨きに数時間かかることも珍しくない。同社の革命的なワインデキャンタはこの「磨きの技」から生まれた。

その研磨作業は工場内の小さなスペースで行われていた。回転しているデキャンタの内側に、やはり回転させた研磨材付きのバフを押し当てて磨く。この作業で内壁の表面に1万分の1ミリ単位の微細な凹凸が作られる。この凹凸がワインと空気の触れ合いを促進、驚異的なスピードのデキャンタージュを実現するのだ。
デキャンタの磨き作業は「目と感覚だけが頼り」。熟練の研磨職人でも一人前になるには半年以上もかかるという
デキャンタの磨き作業は「目と感覚だけが頼り」。熟練の研磨職人でも一人前になるには半年以上もかかるという
微妙にカーブしているため、バフを均等に当てるのは至難の業だ
微妙にカーブしているため、バフを均等に当てるのは至難の業だ
右が研磨前、左が研磨後。整然と美しい筋目がワインをおいしく変える
右が研磨前、左が研磨後。整然と美しい筋目がワインをおいしく変える
実はこの研磨技術を活かした製品は、デキャンタが初ではない。同じ「BIRDY.」というブランド名で2013年からスタートさせた、カクテルシェイカーをはじめとするバー用品からだ。無駄を削ぎ落としたクールなデザイン、手になじむフォルム。1万分の1ミリ単位の凹凸が実現するカクテルのまろやかな口当たり。こうした点が評価され、2014年からバーテンダーの聖地、ロンドンの名門「サボイホテル」のアメリカン・バーでも使われている。

他社にはない技術を生かして、新分野に挑戦する

ところで、バー業界やワイン業界とは無縁の横山興業がなぜ、未経験のバー・カクテル用品の企画・開発・製造に乗り出したのか。自社の海外進出がきっかけになったと横山社長は語る。

「タイに自動車関連部品の工場を立ち上げたとき、『私たちが手がけている部品は日本でなくても、どこでも作れるものになった』と実感しました。では私たちは何をすればいいのか。日本で、他社にはない技術で、自分たちにしかできない、突き抜けたモノ作りをするしかない」
代表取締役社長の横山栄介氏。2017年8月に現会長の父親から社長の座を受け継いだ
代表取締役社長の横山栄介氏。2017年8月に現会長の父親から社長の座を受け継いだ
そこで弟である哲也氏を中心に商品企画部を立ち上げ、“他社にはない技術”を活用した商品開発がスタートした。その技術のひとつが、プレス加工用の金型の製作で培った金属の研磨技術だった。そして「磨くことで高い付加価値が実現できる商品」として浮かんだのが、カクテルシェイカーなどのバー用品。

「カクテルシェイカーを製造するメーカーは世界的にも少なく、新規参入は何年もありません。デザインも昔のまま。ならば、道具としての機能を追求すれば道が拓けるのでは、と思いました」と横山社長。

研磨技術を活用して機能を高めたカクテルシェイカーを作る。このアイデアは、リサーチのために通っていたバーでヒントを得た。混ぜる道具や方法でカクテルの口当たりや味わいが変わる。そんな話がバーテンダーやバーの常連客のあいだで交わされていたのだ。

そして2013年11月、ついに金型の高度な研磨技術を生かした「BIRDY.」ブランドのバー用品が誕生する。ネットを活用して自分たちの手で直接販売することにも挑戦した。

だが、思い通りにならないのが新規事業というもの。「ネットで高評価を得て『200個は売れる』と意気込んだプレセールではわずか10個しか売れませんでした。この時『良いものを作れば売れる』という考えは間違いだと気づきました」。
創業者だった祖父が定めた「創意無限・脱皮成長」の社是は今も実践されている
創業者だった祖父が定めた「創意無限・脱皮成長」の社是は今も実践されている
日本を飛び出しドイツの専門見本市にも出展した。興味があっても遠巻きに眺めるだけの日本人とは違い、ドイツをはじめヨーロッパの人々は、「どこが新しいのか?」と興味を示してくれたという。こうした努力を重ねた結果、「BIRDY.」ブランドのバー用品は国内外で徐々に認知され、サボイホテルの御用達にもなった。

この革命的なワインデキャンタは、こうした経験を経て誕生した。しかし、横山興業はさらに新たな分野に挑戦を始めている。

「3年先のことですら予測ができない今、製造業で最も大切なことは、お客様から必要とされるモノを作り続けること。そのためには、“必要とされるモノは何か”を常に考え、新しい挑戦を継続するしかない。ただ、私たちの事業の中核は、あくまで自動車関連部品の製造です。この事業で鍛えられたからこそ、今の私たちがある。ですから、この事業をやめるつもりはありません。そして今後も他の業界や業種に目を配り、自分たちの技術を活用して、無理のない範囲でリスクをとり、脱皮成長を繰り返していきます」

BIRDY.オンラインショップ
www.birdy.shop

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