地球上のあらゆる動物の体毛の中で最も細いビキューナの原毛
このテディベアは、2010年の春にエルメネジルド ゼニア社のパオロ・ゼニア会長から授かったものである。
思い入れの深いベアなので、いつもそれとなしに身近に置いているのだが、事務所を訪ねてきた編集者や仲間から「中村さん、そういう趣味もお持ちなんですね」という顔をされるのが、いささか不満ではある。そういうイメージと、このベアを入手した経緯に、ギャップがあるからだ。
せっかくの機会なので、その入手の顛末をお話しようと思うが、その前にこのベアそのもの説明を、少し加えておく必要があるだろうか──。
意外かもしれないが、これはエルメネジルド ゼニア社製のテディベアである。同社はイタリアを代表する世界的な服飾ブランドとしてご存じの読者も多いと思う。1910年の創業より、世界各地の良質な原毛を高級紳士服生地に仕立て、現在までにその地位を築いた。
思い入れの深いベアなので、いつもそれとなしに身近に置いているのだが、事務所を訪ねてきた編集者や仲間から「中村さん、そういう趣味もお持ちなんですね」という顔をされるのが、いささか不満ではある。そういうイメージと、このベアを入手した経緯に、ギャップがあるからだ。
せっかくの機会なので、その入手の顛末をお話しようと思うが、その前にこのベアそのもの説明を、少し加えておく必要があるだろうか──。
意外かもしれないが、これはエルメネジルド ゼニア社製のテディベアである。同社はイタリアを代表する世界的な服飾ブランドとしてご存じの読者も多いと思う。1910年の創業より、世界各地の良質な原毛を高級紳士服生地に仕立て、現在までにその地位を築いた。
このベアは、そのエルメネジルド ゼニア社でも最高峰のビキューナのウールで作られている。ビキューナとは、南米アンデス山脈の高地に生息する希少野生動物で、遥かインカ帝国時代から“神の繊維”を持つ動物と崇められてきた。原毛の太さは、1㎜の100分の1 以下。地球上のあらゆる動物の体毛の中で最も細い。その原毛から紡ぐ繊維は極上の柔らかさ、絹のごとき玲瓏(れいろう)な光沢を持つゆえ、古くから王侯貴族の垂涎の的であった。ゆえに、エルメネジルド ゼニアでも、ビキューナの生地でスーツをオーダーすれば、一着数百万円はする。
インカ帝国伝統の捕獲儀式『チャク(chaccu)』とは?
さて、このベアは取材のお礼としてパオロ・ゼニア会長から南米ペルーの地で頂いたものだが、その取材というのは私が今まで経験した海外出張で、最も過酷なものであった……。
そもそも、なぜペルーなのかといえば、パオロ会長とともにペルーを訪れたから。それもビキューナを生け捕りにしてその毛を刈る、という特別なプロジェクトに同行したのだ。
ビキューナは、かつて南米中に200万頭以上生息していたが、乱獲のため1960年代には、5000頭あまりに激減。1990年代になって本格的な保護活動が始まり、今では保護動物としてペルー政府などにより手厚く保護されている。その中心的な役割の一つがCVS(International Vicuna Consortium)という組織であるが、運営を担っている団体の一つがエルメネジルド ゼニア社である。
その活動の中で、最も重要かつユニークなのがインカ帝国伝統の捕獲儀式『チャク(chaccu)』の復活である。この儀式は、ビキューナを殺すことなく人海戦術で生け捕りにして、毛を刈った後に再び無傷のまま解き放つというもの。ゼニア社は、ペルー政府の公認を得てこの儀式を復活させ、ビキューナの保護と地元の雇用に貢献する代わりに、そのウールを生地の原料とする許可を得ているのである。
そもそも、なぜペルーなのかといえば、パオロ会長とともにペルーを訪れたから。それもビキューナを生け捕りにしてその毛を刈る、という特別なプロジェクトに同行したのだ。
ビキューナは、かつて南米中に200万頭以上生息していたが、乱獲のため1960年代には、5000頭あまりに激減。1990年代になって本格的な保護活動が始まり、今では保護動物としてペルー政府などにより手厚く保護されている。その中心的な役割の一つがCVS(International Vicuna Consortium)という組織であるが、運営を担っている団体の一つがエルメネジルド ゼニア社である。
その活動の中で、最も重要かつユニークなのがインカ帝国伝統の捕獲儀式『チャク(chaccu)』の復活である。この儀式は、ビキューナを殺すことなく人海戦術で生け捕りにして、毛を刈った後に再び無傷のまま解き放つというもの。ゼニア社は、ペルー政府の公認を得てこの儀式を復活させ、ビキューナの保護と地元の雇用に貢献する代わりに、そのウールを生地の原料とする許可を得ているのである。
過酷な取材への感謝のしるし
その珍しい儀式を取材するために、南米ペルーのアンデス山脈の4000mの高地まで出かけたが、生まれて初めて高山病になった。準備に4日間かけて高度順化して臨んだが、それでも体は重く、二日酔いのような気分の悪さが続いた。
チャクの儀式がまた過酷だった。現地の村人約200人とともに、まる2日かけて奇声を出したり、ビニール袋を鳴らしたりして、広範囲からビキューナを追い込むのだが、空気が薄くて奇声どころではなかった。
それでも、2000頭あまりのビキューナが、小さな檻の罠に追い込まれていく様子は壮観で、その体躯を抱かせてもらった時は、思わず興奮してしまった。
ビキューナの体重は約50kgで、小鹿の首を長くしたような可愛い動物だが、体毛をまとった様は、まるで大きな綿菓子のぬいぐるみのようで、ふわふわの抱き心地だった。
ちなみに、一頭のビキューナから採取される原毛は、首の下から脇と腹にかけての柔らかい部分の250gほど。現地価格で一頭分の原毛が5万円ほどで取引されると聞いたが、その原毛は後にピンセットで慎重に選別され、厳選された部分だけが、イタリアのゼニアの紡績工場で最高級のウールに仕立てられるのである。
結局、私はこの一連の過酷な取材で体重が5kgも落ちたが、その感謝のしるしとして、このテティベアを授かった。
今でもこのベアを撫でると、アンデス山脈の薄い空気の中で抱かせてもらった、野生のビキューナの綿菓子のような感触が蘇ってくる。ただのぬいぐるみ好きで可愛がっているわけではないことを、少し分かってもらえるといいのだが。
チャクの儀式がまた過酷だった。現地の村人約200人とともに、まる2日かけて奇声を出したり、ビニール袋を鳴らしたりして、広範囲からビキューナを追い込むのだが、空気が薄くて奇声どころではなかった。
それでも、2000頭あまりのビキューナが、小さな檻の罠に追い込まれていく様子は壮観で、その体躯を抱かせてもらった時は、思わず興奮してしまった。
ビキューナの体重は約50kgで、小鹿の首を長くしたような可愛い動物だが、体毛をまとった様は、まるで大きな綿菓子のぬいぐるみのようで、ふわふわの抱き心地だった。
ちなみに、一頭のビキューナから採取される原毛は、首の下から脇と腹にかけての柔らかい部分の250gほど。現地価格で一頭分の原毛が5万円ほどで取引されると聞いたが、その原毛は後にピンセットで慎重に選別され、厳選された部分だけが、イタリアのゼニアの紡績工場で最高級のウールに仕立てられるのである。
結局、私はこの一連の過酷な取材で体重が5kgも落ちたが、その感謝のしるしとして、このテティベアを授かった。
今でもこのベアを撫でると、アンデス山脈の薄い空気の中で抱かせてもらった、野生のビキューナの綿菓子のような感触が蘇ってくる。ただのぬいぐるみ好きで可愛がっているわけではないことを、少し分かってもらえるといいのだが。
VOL.10先輩編集者から授かった、ルイ・ヴィトンのトランク