JOURNEY

消費者の「ニーズ」を鵜呑みにしてはならない

2017.12.04 MON
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消費者の「ニーズ」を鵜呑みにしてはならない

2017.12.04 MON
消費者の「ニーズ」を鵜呑みにしてはならない
消費者の「ニーズ」を鵜呑みにしてはならない

消費者のニーズを捉え、商品やサービスに落とし込むのがマーケティングだが、そこには難しい問題があると指摘する小山田裕哉氏。では、どうしたら消費者のニーズが分かるのか?マーケティング研究の大家、石井淳蔵氏の『マーケティングの神話』をもとに考える。

(読了時間:約6分)

Text by Yuya Oyamada
Photograph by Tomohiro Ohsumi / gettyimages

どうやって、私たちは消費者が“本当に”欲しいものを知ることができるのか?

昔からマーケティングの出発点は、「消費者の欲しいもの」を探ることにあるといわれる。消費者のニーズを捉えて、それを商品やサービスに落とし込む。至って当たり前の指摘に感じるかもしれないが、よくよく考えると、そこには非常に難しい問題があることに気が付く。

どうやって、私たちは消費者が“本当に”欲しいものを知ることができるのか?

というのも、消費者自身が「自分が本当に欲しいものを分かっている」わけではないからだ。マーケティング研究の大家として知られる、石井淳蔵氏の『マーケティングの神話』(岩波現代文庫)によると、消費者の欲望は、企業が思っている以上に曖昧だという。

ユーザーインタビューで既存の商品に対する不満を聞いてみたとしても、それが信用に足るとは限らない。同書には、日立製作所の「音が静かな洗濯機」に関するエピソードが紹介されている。

静音型の洗濯機が市場投入されヒットしたのは、80年代後半のことだった。もちろん、それまでも洗濯機は多くの商品が発売されていたが、「静音」に初めてフォーカスしたのは、日立製作所が1987年に発売した「静御前」だった。それまでどのメーカーも、「洗濯機の音をなんとかしよう」とは考えていなかった。

その理由は、「洗濯機についてはその出す騒音が消費者にとって最大の不満として必ずしも上がっていたわけではなかった」からだった。実際に「静御前」が発売されるまで、消費者は「洗濯機は騒音がするのが当たり前」だと思っていたそうだ。

しかし、静音型の洗濯機が発売されると、あっという間に人気になった。今では「騒音がする洗濯機」を探すほうが大変なほど当たり前のものになっている。

定量は過去、定性は現在、予兆は将来

同じようなエピソードは、過去のヒット商品の中にたくさん見つけることができる。例えば、コンビニでおにぎりを売り始めたのはセブン-イレブンだが、当初は「自宅で作れるものを誰も買うわけがない」という理由で大反対にあったと、当時社長だった鈴木敏文氏は振り返っている。これは、おでんを売ることを決めたときもそうだった。

もちろん、消費者から「ぜひ作ってほしい」という意見があったわけではない。鈴木氏は、デニーズの日本展開も手掛けていた1970年代、徐々に食堂の利用者が増えてきた実感があり、昼食を家庭で作ったお弁当ではなく、外食で済ませるサラリーマンが増えていくだろうと予測した。
そのため、これからは自宅で作るおにぎりも、コンビニで買われる時代になると考えたのだ。

いわば、「外食チェーンの利用者が増えている」という変化から、将来の予兆を捉えたわけである。

石井氏の『マーケティングの神話』には、次のような言葉が記されている。「定量は過去、定性は現在、予兆は将来」。

データをもとにした定量調査は、過去どんなニーズがあったか知ることができる。ユーザーインタビューなどの定性調査は、今どんなニーズがあるか知ることができる。しかし、商品を開発して世に出すまでには、それなりの年月がかかる。また、新商品がどれも短命では、開発費を回収できない。

そのため、マーケティングにおいては、将来のニーズを捉えなければならない。しかし、将来のニーズは消費者自身も自覚してない。だから、そこにどんな意味があるのかもはっきりしない「予兆」から、ニーズを探り出していかなければならないという意味が込められている。

ユーザーに「何か不満はありますか?」と聞いても、それが本当のニーズを表しているとは限らない


将来のニーズは消費者自身も自覚してない、という点について、もう少し詳しく説明しよう。

例えば、マクドナルドは以前、ヘルシーさを売りにした新商品を開発した。「ベジタブルチキンバーガー」や「ベジタブルチキンマフィン」といった商品名を覚えている人もいるだろう。これらは、「もっと野菜を使ったメニューが食べたい」というユーザーの要望に応えるかたちで、2015年5月に販売された。

背景には、「消費者のファストフード離れ」があった。いや、より正確にいうと、そうメディアから指摘されていた。高品質の素材を使い、ヘルシーさを売りにしたグルメバーガーが人気を博し、安価なファストフードのバーガーに消費者は不満を抱いているといわれていたのである。

しかし、現在のマクドナルドのメニューを調べてみてほしい。「ベジタブルチキンバーガー」や「ベジタブルチキンマフィン」も、販売を終了している。それどころか、「もっと野菜を使ったメニューが食べたい」というユーザーの要望に応えたと思われるバーガー自体、まったくない。

反対に目立つのは、「デラックス」や「グラン」といった特別感を謳うボリュームたっぷりなバーガーたちだ。2016年3月には、「ビッグマック」よりもさらに大きい、「ギガ ビッグマック」も発売され、人気となった。

つまり、「もっと野菜を使ったメニューが食べたい」という声は、ユーザーがマクドナルドに“本当に”求めていることではなかったのである。

ここから得られる教訓は何か?それはユーザーに「何か不満はありますか?」と聞いても、それが本当のニーズを表しているとは限らないということである。

消費者のニーズを知るためには、まず何よりもフラットに消費者を観察しなければならない

では、どうするべきなのか? 「こうしたらいい」というマニュアルがあれば提示したいところだが、残念ながら、未だにマーケティングの世界に「正解」は存在せず、さまざまな方法論でいろんな企業が試行錯誤を繰り返している。

ただ、ヒントはある。実は、「何か不満はありますか?」という問いかけをすると、消費者は具体的で合理的な回答をしようと考えてしまう。そこから出てきた答えは、消費者も言語化できていないような“本当の不満”ではないかもしれない。

前出の石井氏は、「理解するためのインタビューにおいては、質問者は『ノンディレクティブ・リスナー』、つまり方向づけをしない聞き手になるべきだ」と語っている。

そのため、「なぜ」を問う質問をしてはならない。そこには「これを買わないのは、具体的かつ合理的な理由があるはずだ」という質問者の思い込みが隠れている。「何か不満はありますか?」も、言い換えれば、「なぜこの商品を買わないのですか?」となる。そう聞かれれば、消費者は絶対になんらかの理由を言うだろう。

しかし繰り返しになるが、それが本当の不満であるとは限らない。それよりは、「この商品を使ったときの様子を教えてください」と聞くほうが優れている、と石井氏は言う。消費者の欲望は消費者自身にもよくわかっていない。だから「なぜ」を問うのではなく、商品と接する「状況」に注目したほうが、消費者の本音に近付くことができるというわけだ。

例えばクルマの開発であれば、実際に運転する消費者の助手席に座り、ひたすらクルマに関して雑談するのもありだという。そこから、消費者自身も自覚していない本音がポロッと出て来ることがある。つまり、まずフラットな態度で消費者と接しなければならないということ。質問者は「ノンディレクティブ・リスナー」になるべきという言葉には、そうした意味が込められている。

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