ART / DESIGN

30カ国以上の旅に使ってきた
グローブトロッターのトランク

2017.10.18 WED
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30カ国以上の旅に使ってきた
グローブトロッターのトランク

2017.10.18 WED
30カ国以上の旅に使ってきたグローブトロッターのトランク
30カ国以上の旅に使ってきたグローブトロッターのトランク

ジェットセッターにとって、トランクは旅の大切な相棒である。かねてより、英国の老舗ラグジュアリーブランド、グローブトロッターのものを愛用してきた中村孝則氏。トランクには、旅に持ち出すことで“育てる”愉しみがあるという。

Text by Takanori Nakamura
Photographs by Masahiro Okamura

(読了時間:約4分)

グローブトロッターのオフィシャルカタログにアーカイブとして掲載されたトランク

このグローブトロッターのトランクは、15年選手で、おそらく30カ国以上の旅に使ってきたと思う。グローブトロッターは、100年以上の歴史をもつ、英国のラグジュアリーブランドだが、もともとは旅のラゲージブランドだ。ヴァルカンファイバーという紙で出来た特殊合板のこのトランクが有名で、いまも昔とほぼ同じ素材、同じ製法でつくられている。用途によって、色やサイズのバリエーションが豊富なのだが、これは「33インチ」と呼ばれる、最大の大きさのものである。私は、これと同じサイズのものを3台持っていて、使い回している。

これは、クルーズラインと呼ばれるシリーズのもので、15年前に限定で発売されたが、人気の色だったらしく、今では定番に昇格したそうである。3台の中では、一番気に入っているのだけれど、昨年グローブトロッター社の依頼で、オフィシャルのカタログにアーカイブとして掲載されたこともあり、ケチ臭いことに、しばらく使い惜しみしていた。なんでも、英国のアーガイル卿の愛用のトランクとコンペになって、私のものが選ばれたと裏話で聞いたもので。
ホワイト地のストライプの内張りは、イギリスの老舗ラグジュアリーブランドならでは
ホワイト地のストライプの内張りは、イギリスの老舗ラグジュアリーブランドならでは
その秘蔵のトランクを、この5月に久しぶりにシンガポールに持ち出した。CMで使わせてほしいと依頼がきたからだ。実は、私は今年からインターコンチネンタルホテルの世界配信のCMのメインキャラクターに選ばれて、そのロケ撮影のためにシンガポールを訪れた。出演する条件のひとつに、このトランクを持参してほしいと、制作サイドから直々に指命がきた。オソロシイことに私の私物を徹底的に調べたらしく、CMではトランク以外も、指示された私物を着用している。ホテルのウエブサイトでそのCMを、ぜひご覧頂きたいが、特にこのトランクは、その映像の冒頭で効果的な演出に使われている。

トランクは旅の履歴書

写真をご覧の通り、このトランクにはステイしたホテルや客船、あるいは観光地のステッカーを片っ端から張っている。かなり珍しいものも多くて、旅先では時おり質問攻めにあったりする。たいていの場合、ホテルマンだったり、入国の審査官であったり、旅マニアだったりするのだが。トランクにステッカーを貼りまくるスタイルは、なにも今に始まったことではなくて、1920年頃に大ブームになった。

もともとは、ホテルが客の情報をスタッフにこっそり伝えるための符丁(暗号)に使っていたのだ。『ルイ・ヴィトン トランク100』(河出書房新社)によると、トランク正面の左上に張ると、その持ち主は「上品で扱いやすい客」右下は「面倒な客」で、鍵の側に張ると「注文が多いが金払いがいい上客」などというサインに使ったそうである。
擦り切れたステッカーが、中村孝則氏の旅の履歴を物語る
擦り切れたステッカーが、中村孝則氏の旅の履歴を物語る
もっとも、今はそんな符丁を知っているホテリエもいないだろうし、そもそもホテルからステッカーそのものが消滅してしまった。私は、ステイしたホテルでは必ず、コンシェルジュとか広報の人とかあらゆるコネを使って、引き出しの奥とかに古いステッカーが眠っていないか、しつこく聞いたものである。

実のところ、私のこのトランクには、そうして手に入れた、ヴィンテージのステッカーが数多く張られているのである。ちなみに、センターに張られたペンギンのステッカーは、南極の英国の基地内の郵便局で入手した、ヴィンテージのオフィシャルステッカーである。

そもそも、単なる遊びで始めたステッカー張りだが、結果的ではあるけれど、このトランクは私の旅の箱書きというか履歴書になってしまっている。たかが箱といえばそれまでだが、トランクには、こうやって“育てる”という愉しみがあることも知れば、トランク自体の扱いも変わるだろうし、旅はもっと思い出深いものになるのではないだろうか。骨董の世界では、中身よりその中身が旅した履歴を表現した箱の方に、価値が出る場合があるではないか。

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