SPORT

泥沼のサッカーに熱狂─
フィンランド発のちょっと変わったスポーツ

2017.09.25 MON
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泥沼のサッカーに熱狂─
フィンランド発のちょっと変わったスポーツ

2017.09.25 MON
泥沼のサッカーに熱狂─フィンランド発のちょっと変わったスポーツ
泥沼のサッカーに熱狂─フィンランド発のちょっと変わったスポーツ

フィンランドではなんとも不思議なことが起きている。この数十年で世界的なスポーツ大会からほとんど姿を消した代わりに、常識をはるかに越えたスポーツ文化がつくられていた。

(読了時間:約7分)

Text by Andrew Keh
Photographs by Janne Körkkö
Translation by Yuka Taniguchi
© 2017 THE NEW YORK TIMES

フィンランドで大人気の泥んこサッカー世界選手権

フィンランド中央部のとある田舎町で行われた、第20回泥んこサッカー世界選手権に2千人以上の人々が詰めかけた。ちょっとしたセレブリティとして注目をあびるジェッタちゃん。鳥かごに入ったアナグマのぬいぐるみのジェッタちゃんは、12人で構成されたチームのマスコットキャラクター。彼らはヘルシンキ近郊の町、ヴィフティから毎年大会に参加するために7時間かけてやってくる。7年前に高速道路のパーキングエリアのリサイクルショップで買われ、ジェッタちゃんと名付けられたぬいぐるみは、泥んこサッカー界でどんどん有名になっていった。ジェッタちゃんは数年前に地元紙のインタビューも受けている。

土曜日の朝、彼らはこれまたリサイクルショップで揃えたぼろぼろのスーツを着て、寒さに震えながら集まってきた。このいでたちがチームのウォームアップ用のユニフォームだそう。ウォッカのボトルをまわし飲みするのが、彼ら的には正しいウォームアップのやり方だ。そろそろ10時、もうすぐ本日最初の試合が始まる。ジェッタちゃんを所定の位置にセットしてスーツを脱ぐと、中に着ていたレスリング用のシングレット一枚の姿になった。
想像できないほどに動きがとれなくなる泥んこサッカー
想像できないほどに動きがとれなくなる泥んこサッカー
泥に飛び込んでいく彼らに一言質問してみた。どうしてこんなことをやるの?
「泥んこサッカーの世界チャンピオンだって言えるからさ」と、チームメンバーのマッティ・パウラヴァーラ氏(34歳)。しばらく考えてからさらに続けた。「これを自慢できる人は世界に何人いると思います?」。

泥んこサッカーの起源は1998年に遡る。フィンランド中部の町、ヒュリュンサルミで働く頭の柔らかい公務員が、この地方に広がる沼地を有効活用した、お祭りのようなイベントを作り出したのがことのはじまり。第一回の大会には13組のチームが参戦。それからというもの泥んこサッカーの競技人口は増加し、いまでは参加チームも200組に及ぶまでになった。試合は前半後半10分ずつ、6対6のチーム戦で、爆音のフィンランド・ロックが森にこだまする中、20万平方メートルの広大な敷地に点在する、20のフィールドで熱戦が繰り広げられる。

敷地内は所々ぬかるみ具体が違うため、硬い地面を歩いている人がいると思ったら、まるで階段を下りていくかのように突然柔らかい地面に消えていく、なんてことも起こる。ほかにも赤ちゃんのように両手両足をついて這っている人や、腰まで泥に飲み込まれるまでじっと立ったままの人もいる。泥んこサッカーではまず得点などできない。そしてプレイヤーの大部分は酔っぱらっているのだ。

かの美しいスポーツをこれほどまでに汚したものは他には思いつかない。
泥にはまって取れなくならないよう、シューズはテープでぐるぐる巻きに
泥にはまって取れなくならないよう、シューズはテープでぐるぐる巻きに
「試合をすれば勝つかもしれないし負けるかもしれない。結果を気にしている人なんていません。泥んこサッカーはすごくタフなスポーツです。終わったときは疲労困憊、頭が空っぽになりますよ」というのは、9回目の参加となるカヤーニから来たサミ・コルホネン氏(25歳)。
体力の限界まで戦うこの不真面目なスポーツは、静かなフィンランドの田舎で1990年代半ばからどんどん広まり、それ以降その人気は衰えるところを知らない。

フィンランドの気候と国民性から生まれた変なスポーツたち

ほかにも、蚊たたき世界選手権や、サウナ世界選手権、奥様運び世界選手権、エアギター世界選手権など、フィンランドではさまざまな大会が開かれている。最近、主に十代の少女のあいだでブームとなっているのは、ケッピヘボネン(棒馬)という棒の先に馬の頭のぬいぐるみが付いたおもちゃを使った馬術。何千人ものフィンランド人がケッピヘボネンを手に持って馬になりきり、馬術競技や障害物競争など、さまざまな馬術競技に参加しているという。
泥んこサッカーは毎年2000人以上が参加する、フィンランドでもっと熱いスポーツ
泥んこサッカーは毎年2000人以上が参加する、フィンランドでもっと熱いスポーツ
一体全体どうしてこんなことが起きているのだろうか? なぜフィンランドはおかしなスポーツのメッカになったのだろうか?

これに対する明快な答えは見つからないが、フィンランドという国に深く根差したいくつかの要素が挙げられる。たとえば、アウトドアが大好きな人が多いこと(耐え難いほど暗く長い冬の期間は外に出られない)、レクリエーションスペースに誰もが気軽にアクセスできること、そして昔から堅物で生真面目と言われてきた国民性が少しずつゆるくなってきていること(そして、お酒も大好き)などが考えられる。

フィンランドはEUの中で人口密度が最も低く、どこまでも森が続き、湖の数は約20万に上る。フィンランド特有の公共アクセス権「Everyman's right(自然享受権)」が保障されていて、レクリエーションのためならほとんどの土地や水辺に誰もが自由に入ることができるのだ。そして、フィンランド人はヨーロッパでもっとも身体的にアクティブだと欧州委員会から何度もお墨付きをもらっている。

「私たちは森人に近いんです。だから、自然と深く関わったゲームを思いつくんですよ」と言うのは、サッカーチーム「ヨエンス」の元ゴールキーパーで、スポーツ番組の撮影で泥んこサッカー選手権を訪れていたラッシ・ヒュースカイネン氏(30歳)。

北極圏を跨ぐフィンランドでは、長く過酷な暗い冬を耐え忍ばなくてはならない。だからこそ夏は国民総出で、抑圧からの解放を心ゆくまで楽しむ期間となる。多くのフィンランド人は年間最長6週間の休みを取ることができるので、全国にある推定50万軒の別荘も大いに活用されている。フィンランド人は、アウトドアでのんびり過ごすことを生まれながらに与えられた権利であるかのように受け止めているのだ。
なかにはコスプレをして参加するプレイヤーも
なかにはコスプレをして参加するプレイヤーも

かつてはメジャースポーツ大国だった

ラグビー選手のような立派な体つきをしたヴェレニウス氏は、フィンランド南部の町、ヤムサから来た電気技師。消火栓に向かって後ろ足を上げている犬のように、両手と両膝をついた姿勢から片足を上げてボールを蹴るという、泥んこサッカーで重要な動きがとても上手だ。しかし泥沼ではちょっとした動きをするだけで、ヴェレニウス氏も他のプレイヤーも息絶え絶えになってしまうほど体力を奪われる。友人たちと一緒に、女性の選手権に参加したローサ・マンノネン氏(22歳)も、「3メートル前進するだけで心拍数が最大になるんです」と話す。

フィンランドが国を挙げてスポーツに真面目に取り組んでいたのは遠い昔のこと。1917年にロシアから独立したフィンランドという国のアイデンティティの形成において、運動競技や身体的な活動は重要なコンセプトだった。トゥルク大学のスポーツ社会学者、パシ・コスキ氏によれば、20世紀前半まではフィンランドのメジャースポーツの黄金時代だったという。

1908年から1948年にかけて、夏季オリンピックで平均24個のメダルを獲得。世界のひのき舞台で目覚ましい活躍をみせたメダル獲得者は、国民的英雄としてあがめられていた。しばしば 「フィンランド魂」 と訳される、意志の強さ、粘り強さやたくましさなどの意味を併せ持つ「sisu」という言葉があるのだが、そんなフィンランド独自の性質を体現していたのが、そういった選手たちだった。しかし、次第に他国に追い抜かれるようになり、1992年から10年のあいだに夏季オリンピックで獲得したメダルの数は平均4つに。2016年のリオ・オリンピックでは、女子ライト級ボクシングで銅メダルを1つとっただけである。

メジャースポーツがフィンランドで盛んに行われていた時代は遠い昔になってしまったが、それにとって代わって常識では考えられないようなスポーツが全国的に大人気となるという、おかしな時代が到来した。そしてこれは、この新しい国において今もなお広がり続けている個人主義の波を反映している。

そんなフィンランドだからこそ、優勝者には妻の体重分のビールが与えられる、奥様運び世界選手権やエアギター世界選手権、コーヒーみたいな泥水の中で寒さに震えながら行う泥んこサッカーなど個性的な競技が人気を博すのだろう。アナグマのぬいぐるみのジェッタちゃんがアイドル扱いされるのもなんだかうなずける 。コスキ氏は言う。「私たちは自分たちのことを笑いにすることができるようになったのです。ほかの国の人たちが真面目すぎるんですよ」。

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