TECHNOLOGY

エルメスにルイ・ヴィトン─
ラグジュアリーブランドが
中国のオンラインマーケットに並ぶ日

2017.09.22 FRI
TECHNOLOGY

エルメスにルイ・ヴィトン─
ラグジュアリーブランドが
中国のオンラインマーケットに並ぶ日

2017.09.22 FRI
エルメスにルイ・ヴィトン─ラグジュアリーブランドが中国のオンラインマーケットに並ぶ日
エルメスにルイ・ヴィトン─ラグジュアリーブランドが中国のオンラインマーケットに並ぶ日

ブランド価値を守るために、また模造品と並ぶことを恐れ、ECサイトに姿を見せないラグジュアリーブランドの商品。しかし、目まぐるしく変化する中国の消費社会において、ラグジュアリーブランドが生き残るために、オンライン展開は見過ごせないところまで来ている。

(読了時間:約7分)

Text by Amy Qin
Photographs by Giulia Marchi
Translation by Yuka Taniguchi
© 2017 THE NEW YORK TIMES

日用品からクルマまで、あらゆるものがオンラインで購入される中国

中国における世界最大のEコマースブームを下支えしているのは、配送に携わる人々である。三輪リヤカーに乗る配達人が、歩行者の安全を歯牙にもかけず疾走し、レストランの従業員がゴミを出すかのように、玄関先に荷物を投げ捨てていく光景はごく一般的だ。

そんななか注目されているのが、タン・ホンリャン氏。ラグジュアリーブランドの売上に貢献するべく、高額なハンドバッグや腕時計を配達し、配送業に革新を起こそうとしている人物だ。ブラックスーツにダークグレーのネクタイ、白い手袋で身を固めたタン氏が届けるのは、熱々のラーメンではなく2,400ドルのブランドモノのハンドバッグ。そして配達に使うのは三輪リヤカーではなく、電気自動車。タン氏が1、2回、荷物を届けるあいだに、普通の配送人なら150軒の配達を終えているはずだ。「効率はもちろん大切ですが、何より重要なのはお客様に喜んでいただけるサービスを提供することです」と、中国の最大手ECサイト、JD.comで働くタン氏はいう。

売上の低迷に悩む高級ブランドが、中国のEコマース市場に食い込もうと躍起になっている。中国では、電子機器や食料品をオンラインで買うことは既に浸透しているが、高額なジュエリーやオートクチュールとなるとためらう人が多い。海賊品が横行し、質の低い配送サービスで荷物がダメージを受けることが日常茶飯事の中国において、オンラインでぜいたく品を買うという習慣は根付いていない。

アリババやJD.comなどの企業は、高級品市場のシェアを獲得するために、デジタル・マーケティング、プライシング、カスタマーサービス、そしてタン氏のようにデリバリーなど、オンラインショッピングに関わるさまざまなサポートを小売り業者に提供している。

「克服すべきもっとも大きな課題は、購入者の体験です」とJD.comのファッション部門のプレジデント、シャ・ディン氏は言う。「我々は配送ネットワークを持っていますので、質の高い配送サービスを提供することができます。これによって、これまでオフラインでしか体験できなかったラグジュアリーブランドならではの購入時のおもてなしをオンラインでも体験していただけます」
配達の準備を整える、JD.comラグジュアリー・サービスのドライバー、タン・ホンリャン氏
配達の準備を整える、JD.comラグジュアリー・サービスのドライバー、タン・ホンリャン氏
中国の消費者は長らく世界の高級品市場の顧客の上位を独占してきたが、汚職追放キャンペーンや経済の低迷により、この2年間では中国における高級ブランド品の需要が減少し、その結果、世界的な売上低下を招いた。とはいえ、アメリカのコンサルティング会社、Bain & Companyによると、昨年度の世界の高級品購入者のうち、中国人が3割を占めているのだそうだ。

つい最近まで、中国人は海外の店舗から直接購入するか、高い税金を免れるために「代購(代理購入)」サービスを利用することが多かったが、これも2年前から変化が出始めた。シャネルを筆頭とする最高級ブランド数社がグレーマーケットに対抗するために、中国と海外における商品の価格差を縮める措置をとったためである。

また同時に、中国政府も代理購入に対する法的規制を強化しようと空港での税関検査を厳しくし、正式なルートを通じて輸入された一部の高級品に対する関税を引き下げた。

その結果、高級品の購買パターンに変化が生じ、中国の消費者は海外よりも国内で購入するようになったのだ。中国のEコマース企業もいわゆる「国内回帰」と呼ばれるこの現象に注目し、AlibabaやJD.comといった最大手だけでなく、SecooやXiuなど高級品に特化した小規模な会社も高級品市場に積極的な投資を行うようになった。

「大衆向けのブランドは、既にEコマースのプラットフォームに参入する以外に選択肢はないと理解しています。同じように高級品もEコマースにおける競争が加熱する傾向にあり、近いうちにそれがスタンダートになるでしょう」と、ニューヨークのマーケットリサーチ会社L2のリズ・フローラ氏は説明する。
北京の中心地で高級品のデリバリーへと向かう
北京の中心地で高級品のデリバリーへと向かう

変化を見せつつあるラグジュアリーブランド

「白い手袋」配送サービスの開始に加え、JD.comは先月、ロンドンに拠点を置くラグジュアリーEコマースプラットフォームであるFarfetchに対して、3億9700万ドルの投資を行うと発表した。一方で、AlibabaとJD.com各社の幹部も、近々高級品に特化した個別のプラットフォームの展開を計画しているとインタビューで語っている。

しかしこれまで世界トップのラグジュアリーブランドは、中国のEコマース企業のプラットフォームで販売することに難色を示してきた。高級感あふれる店舗で提供される、顧客の要望に完璧に応えたショッピング体験をEコマースで再現することは、到底不可能であると考えているからである。また、自分たちの商品が偽造品やグレーマーケットの商品と同列に扱われることも懸念している。これはとくにAlibabaが長らく直面してきた課題でもある。

それでも中国の消費者がオンラインショッピングを愛好していることは無視できない現実である。公式なデータによると、トイレットペーパーから高級車までありとあらゆる商品をオンラインで購入する中国人の消費者は、昨年だけで7千580億ドルを消費している。これはアメリカとイギリスの合計よりも多いのだ。「ラグジュアリーブランドもようやく、中国で成功するにはオンライン販売が必須であるという事実を受け止められるようになってきました。ここで押さえておくべき点は、ラグジュアリーブランドであっても新たな収益源は必須であるということ。そしてEコマースは現実的な収益ルートであるということです」と、北京に拠点を置くデジタル・マーケティング企業CuriosityChinaの共同創設者のアレクシス・ボノム氏は言う。

いくつかのブランドは既にこの変革に対して対応措置を講じている。その中でも「バーバリー」は、中国のEコマースへの参入を率先して行い、Alibabaのプラットフォーム「Tmall」に旗艦店をオープンした。香港の宝石商「Chow Tai Fook」やスイスの高級時計ブランド「タグ・ホイヤー」もJD.comに店舗を持っている。そうした背景には、ブランドを惹きつけるために、Eコマース企業も偽造品の撲滅に力を注ぐようになってきたことがある。

「オンラインで購入された全てのタグ・ホイヤーが本物である、と消費者に安心していただくためにも、Eコマース市場の浄化は我々のゴールの一つです。その計画は順調に進められており、売上も上昇傾向にあります」と言うのは、タグ・ホイヤーのアジアエリアのゼネラルマネジャーを務めるレオ・プーン氏。しかし、ラグジュアリーブランドにとっては、偽造品の撲滅だけでは十分な出店動機にはならない。「ラグジュアリーブランドはコントロールフリークといってもよいでしょう。あらゆる点で自分たちのコントロール下に置くことを求めるのですから」とCuriosityChinaのボノム氏は言う。

現在のところ、いくつかのラグジュアリーブランドは、消費者に商品を直接販売できるように、自社のEコマースサイトを設置するという選択肢をとっている。「カルティエ」や「ブルガリ」のように、モバイルメッセージングサービス「WeChat」と業務提携しているブランドも多い。これによりオンラインストアのオープンやフラッシュセールの開催、著名な中国人のインフルエンサーを活用したマーケティングキャンペーンを行うことができる。

AlibabaやJD.comといった巨大Eコマース企業は、ラグジュアリーブランドといえども最終的には自分たちの膨大な顧客基盤の魅力に抗うことはできないだろうと展望している。「白い手袋」配送サービスなど高級感漂うアドオンサービスによって、Eコマースという口に苦い良薬も飲み込みやすくなることが期待されるからだ。
デリバリーサービスから荷物を受け取るヤン・ルーシャ氏。配達されたのはプラダのバッグ
デリバリーサービスから荷物を受け取るヤン・ルーシャ氏。配達されたのはプラダのバッグ
つい最近のある朝、ドライバーのタン氏はたった一つの荷物を持って北京郊外のJD.comの倉庫を後にした。中心部のビジネス街を目指して穏やかに運転するタン氏の車の周りでは、急ぎ足の三輪リヤカーが何台も通り過ぎていく。顧客が出てくるまで2時間近く待たされた後、タン氏はようやく車を出ると、トレードマークの白い手袋をはめて荷物を届けに向かった。

「あら、こんなサービスがあるなんて知らなかったわ」と、箱を受け取ったヤン・ルーシャ氏は、イタリア製の皮のハンドバッグを取り出して言った。北京でカップリングサービスを経営するヤンさんも、こうした特別なデリバリーサービスはとても満足できる体験だったと述べている。
「でも正直なところ、消費者として一番気になるのは、商品が本物かどうかということですね」とヤン氏は付け加えた。

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