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森で自立心と集中力を育む、
スイスの幼児教育「森の幼稚園」

2017.09.13 WED
森で自立心と集中力を育む、スイスの幼児教育「森の幼稚園」

スイス最大の都市、チューリッヒにはいたるところに森がある。街中で泥まみれの子どもの姿を見かけることも珍しくない。子どもたちを森へと導いているのが「森の幼稚園」という活動。そこで養われているのは、基礎体力だけでなく自立心や自信、集中力なのだ。

(読了時間:約5分)

Text & Photographs by Yuka Tsukano

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雨でも雪でも森へと向かう子どもの後ろ姿

自然のなかで泥んこになるまで子どもを遊ばせてあげたい。そう願いつつも、都会の育児や教育が直面する現実は厳しい。しかし、世界の金融センターであるスイスのチューリッヒは、自然と都会が実にバランスよく配されている。子どもたちは森を駆け回り、大人たちは森でハイキングに勤しむ。これがチューリッヒの日常だ。

チューリッヒでは、幼少期から自然に親しむために、「wald spielgruppe」(森のプレイグループ)に我が子を通わせる親が多い。一括りに「森の幼稚園」と翻訳されることが多いが、正確には、義務教育である幼稚園就園前の幼児を対象とした、お稽古事の一種である。屋内の拠点をもたずに、雨の日も雪の日も森へ出向き、森で遊び、火をおこして食事をとり、森で数時間を過ごす。スイスと同様に森を大切に守ってきた北欧フィンランドが発祥で、21年前にスイスへ上陸した。
子どもたちに自作の物語を聞かせるアンドレア・フタブ氏。この日のお話のテーマは蜘蛛だった
子どもたちに自作の物語を聞かせるアンドレア・フタブ氏。この日のお話のテーマは蜘蛛だった
アンドレア&アントニオ・フタブ夫妻(Andrea & Antonio Hutab)は、ソーシャルワーカーとして働いた後、8年前にチューリッヒ北部のヘンクの森を拠点にするプレイグループ「Chäferfäscht」(http://www.xn--waldspielgruppe-chferfscht-xhce.ch/)を立ち上げた。2歳から4歳児を対象にしており、今や1年前から入会待ちするほど人気を呼んでいる。

約5時間の森でのアクティビティは、天候や季節によって異なる。昆虫、動物、そして鳥を探したり、木の葉や実を集めたり、水たまりで跳ねたり、ソリ遊びをしたり。最初は「何をして遊んでいいかわからない」と言っていた子も、次第に自分で遊び方を見つけられるようになる。唯一のルーティンは、火をおこして昼食を皆でとることだけだ。
昼食は直火でつくった料理を皆で。トマトソースのオレキエッテ、チーズリゾット、ミルク粥など、メニューは豊富
昼食は直火でつくった料理を皆で。トマトソースのオレキエッテ、チーズリゾット、ミルク粥など、メニューは豊富

信用と挑戦の連鎖が子どもの自信を育む

フタブ夫妻は、子どもは定期的な外遊びを許されると、身体能力が発達し、病気にも強くなるという。フィジカルより、むしろメンタルの変化のほうが目覚ましいとも。

「子どもは実にさまざまなことを自然環境から学びとっています。動物や植物の成長を観察するようになると、自分たち人間は自然の一部であることを理解し、生き物すべてに尊敬の念をもって接するようになります。さらに、子どもたちはグループの一員になること、仲間全員が大切であるということを学びます」とアンドレア・フタブ氏。

たとえば、手が泥で汚れたらすぐに「洗いたい」と言っていた子も、かぎられた水は皆で分け合わなければならないことを理解するようになるという。

フタブ夫妻は、本物のナイフやのこぎりで木を削る、火をおこす、そして雨天時に屋根をつくるといった体験も敢えて子どもたちに促している。
昼食をつくる焚き木を囲むための塀もお手製。この場所を拠点に森の中を散策している
昼食をつくる焚き木を囲むための塀もお手製。この場所を拠点に森の中を散策している
アンドレア・フタブ氏は「すべてはアウトドアで必要なスキル。火をおこして料理をするとき、子どもは自分が仲間にとって重要な存在だと認識します。依存ではなく自信を得るようになるのです」と説明する。

続けて、「子どもは親や先生に信用してもらえると自立心が芽生えます。“ダメ”、“気をつけて”という言葉は子どもを欲求不満にさせるだけ。子どもはいつも何かに挑戦してみたいものです。幼児でもナイフの扱いに集中できますし、危険だと理解した上でそれに挑戦できたことを誇らしく感じるのです」。

この信用と挑戦の連鎖こそが、子どもの集中力を養う。大人がするべきことは、静かで安全な環境を整える、子どもが疲れたり集中力をなくしたりしたら気づいてあげる、だけ。待つという行為は時に大人には忍耐を伴うが、急かすのは禁物だ。
水を入れた袋を木に巻きつければポータブルの水道が完成。限られた資源を皆で分け合う大切さを学ぶようになる
水を入れた袋を木に巻きつければポータブルの水道が完成。限られた資源を皆で分け合う大切さを学ぶようになる
アンドレア・フタブ氏は、「子どもが自立心を得るために、大人は彼らに付き添う“時間”を投資するのです。子どもたちは、自分で着替え、自分で荷物を背負い、自分で水筒を開ける。何かを自分自身の努力だけで成し遂げさせるのです。大人は必要とされたときだけ助ければよいのです」と助言する。

森のレクリエーションがつなぐ森林の更新

国土の2/3が森林である日本と比較すると、スイスの森林率は約3割と決して高い数字ではないが、国民の親 “森”度は高い。ハイキング、川遊び、バーベキュー、ジョギングなど、自然の息吹を感じながら余暇を過ごすのが当たり前だ。
燃えやすい木を並べ、マッチで火をつける子どもたち。煙が目にしみることや火の熱さなど身をもって知る
燃えやすい木を並べ、マッチで火をつける子どもたち。煙が目にしみることや火の熱さなど身をもって知る
先述した幼児向けのプレイグループだけでなく、義務教育の幼稚園でも週に一度の森の日を定めている園は多い。さらに小学校にあがっても担任教師の采配で森でのフィールドワークが行われている。

一見手つかずのように見えるスイスの森のほとんどは人工造林だ。国が定める専門の知識をもった管理人が森の用途に合わせて樹木を選定し伐採している。森は個人所有のほか、州や自治体所有もあるが、どの森も法律によって守られている。皆伐は法で禁止され、伐採と同じ表面積だけ緑を更新させる必要があるのだ。もちろん、建物の建設のために伐採することはできない。
蛾について子どもに説明をするアントニオ・フタブ氏。植物や虫、鳥など森の生きものの生態に精通している
蛾について子どもに説明をするアントニオ・フタブ氏。植物や虫、鳥など森の生きものの生態に精通している
昨今の日本では、公園での球技や声量の規制、河原や海辺のバーベキュー禁止など、“レクリエーション”に対する風当たりが強い。国民が余暇を楽しめない背景には、法整備のほかにも要因があるように感じる。スイスの森の幼稚園や教育に対する思想には、日本人が大いに参考すべきところがあるのではないか。

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