TECHNOLOGY

ウェルビーイングに基づくカーデザイン:「自己決定理論」編 ①

2017.07.07 FRI
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ウェルビーイングに基づくカーデザイン:「自己決定理論」編 ①

2017.07.07 FRI
ウェルビーイングに基づくカーデザイン:「自己決定理論」編 ①
ウェルビーイングに基づくカーデザイン:「自己決定理論」編 ①

幸福に代わる「ウェルビーイング」という概念に基づき、新しい情報技術のデザイン観点から未来のクルマのデザインを考察。今回は人間の行動に影響を与える「自己決定理論」(Self-Determination Theory)について考えていく。

(読了時間:約4分)

Text by Dominique Chen
Photograph by Kenshu Shintsubo

モチベーションがどう人々の行動を変えるのか

前回は「快楽志向」(Hedonic Wellbeing)のカーデザインの考え方を深掘りしてみました。一見、刹那的に見えるポジティブ感情という概念も、実は長期的な学びのプロセスを支える重要な要素であることを見てきました。今回は「自己決定理論」(Self-Determination Theory)に基づいた未来のクルマのデザインについて想像を膨らませてみましょう。

自己決定理論は、ニューヨークのロチェスター大学で心理学の教授を務めるエドワード・デシによって体系化されました。デシ教授は30年以上に渡って人間の動機、つまり「やる気」や「モチベーション」の本質について研究してきました。そんな彼が2012年のTEDの講演で、以下のようなメッセージを語っています。

「どうしたら人のやる気を引き出せるのか、と問うてはいけない。その設問は間違っている。その人が自分でやる気を出せるような状況を用意するにはどうしたらいいのか、と問うべきだ」

やる気、つまりモチベーションがどう人々の行動を変えるのかということを観察してきたデシ教授は、モチベーションの質のほうが量よりも重要であることに気づきました。そして、自律的に生み出されたモチベーションのほうが、他人から制御される形で与えられるモチベーションより深く行動を変えるという結論に至りました。

これは直感的にも分かりやすいことかと思います。上司や教師から頭ごなしに命令されて行動しても、やる気は沸き起こらないですよね。むしろ、自分で見つけた動機に基づいて行動を取れる時には没頭しやすくなる、という経験は誰しもが持っていると思います。デシ教授は、共同研究者のリチャード・ライアン氏と共に、そのことを科学的に実証したのです。
エドワード・デシのTED×FlourCityでの講演

エドワード・デシのTED×FlourCityでの講演

他律的なモチベーションと自律的なモチベーション

この二種類のモチベーションの違いを分かりやすくするために、ここでは他律的なモチベーションと、自律的なモチベーションという呼び方をしてみましょう。他律的、というのは、他人に影響されて動いている、ということですね。デシ教授は誘惑と強要は、どちらもプレッシャーをもとに他人に動機を与える、アメとムチ方式だと言います。

興味深いこととして、他律的な動機に突き動かされる人間は、目的を達成するための最短の方法を取る傾向があるといいます。そのため、手段を選ばなくなり、プロセスを楽しんだり、そこから学びを得ようとすることもなくなります。

他方で、自律的に動機を生成できる人は、3つの価値が連鎖的に生じます。最初に、自分の行動の結果は自分の意図によるものだと思える、つまり自分の自律性を認知すること。そこから、自らの意図によって問題を解決したり、学びを得たりするということを通して有能感、つまり自信が生まれる。そこからさらに、自分を取り巻く状況に対する安心感が生まれ、他者とのポジティブなつながりが感じられるようになる。

自己決定理論が重要視する自律性、有能感、関係性とは、ポジティブ感情にフォーカスする立場よりも長期的な時間軸に依拠していることがわかります。このような立場を「エウダイモニア的心理学」と呼びますが、エウダイモニアとはギリシャ語で「善いスピリット(※もともと精霊を指す語が後に精神を表すようになった)」という意味で、現代では「人間が開花している状態」を指します。

この考え方に立つと、上司と部下、教師と学生、親と子どもやコーチと選手、そして友人や恋人同士といった関係性の捉え方が変わる、とデシは言います。つまり、社会的には相手をコントロールする立場にあると思われている存在が、相手が自発的に、内在的に自律性を発揮するためにはどうすれば良いのかと考えることにつながります。デシとライアンは、自律性をサポートする上司や教師のもとにいる従業員や学生のパフォーマンスとウェルビーイングが上がることを発見しています。

このような自律性を支援するという自己決定理論の方法には、次のような要素が必要です。

・相手の視点に立つこと
・選択肢を与えること
・探索させること
・自分で決断させること
・根拠を示すこと

特に最後の「根拠を示す」という点は、相手が、何が大事かということを理解し、自らの価値観に自発的に組み込むことを可能にするという意味でとても重要です。

ここまでエドワード・デシとリチャード・ライアンの自己決定理論、SDTについて学びました。これはそのままより良い人間関係の構築や、自分や他者のモチベーションを底上げするためのヒントとして活用できるものですが、次回はこの理論に基づいた未来のクルマのデザインを構想してみましょう。

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ご回答いただきありがとうございました。

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