「差別化戦略」と「低コスト戦略」
連載3回目にして、LEXUSのサイトらしく、高級品にまつわる話をしよう。今回は「高級ブランドの値付け」に関することだ。
私は2016年1月に『売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密』(集英社)という書籍を上梓した。「モノが売れない」と言われる時代にもかかわらず、いまだに市場を拡大し続ける高級品ビジネスの世界に、あらゆる「ものを売る企業」が生き残るためのヒントを探った内容だ。
高級ブランドの戦略について調べれば調べるほど、痛感したことがある。それは「彼らがやっていることは決して、『一部のお金持ち向けビジネスの話』ではない。むしろ、日本の中小企業の未来について考えるうえで、欠かせない知恵ではないか?」ということだ。
読者には耳にタコだろうが、現在、日本を含む先進国の消費は「二極化」している。
高級品の売り上げが伸びる一方、100円ショップやファストファッションなど、低価格帯のビジネスも盛況となっている。元気を失っているのは、「中」の価格帯に属する商品。例えばワイシャツであれば、1着1万円からの価格帯でビジネスを展開する企業が苦戦を強いられている。
こうした消費意識の台頭について、ローランド・ベルガー日本法人会長の遠藤功氏は、著書『プレミアム戦略』(東洋経済新報社)の中で、「多くの日本人が、自分が『こだわるもの』と『こだわらないもの』を選別し、消費行動を変えていると考えるべき」と分析した。同書が出版されたのは2007年。それから10年が経ったが、この傾向は現在も変わっていないどころか、むしろ強まってさえいる。
コーヒー市場を見てみよう。ブルーボトルコーヒーのような普通よりも高値の商品に行列が絶えない一方、100円のコンビニコーヒーも依然として人気だ。プレミアムなコーヒーだけ、コンビニだけ、というよりも、どっちも等しく楽しむという人が多い。1人の中に両極の消費観が同居している。
こうした消費者を前にして企業は選択を迫られる。それは「こだわるもの」と「こだわらないもの」のどちらの領域でビジネスをしていくのか?という問いである。マーケティングの世界の用語で言い換えれば、「差別化戦略」か「低コスト戦略」のどちらを選ぶか。
しかし日本企業のほとんどは、この問いを前にして「低コスト戦略」を選んでしまう。コストをできる限り低くし、1円でも安く売ることで優位に立つ。しかし低価格をめぐる競争では、上位の1、2社しか生き残れない。安さのアピールは、消費者を「より安いほう」へと誘導してしまうからだ。
大企業ならともかく、「ヒト」も「カネ」も不足した中小企業で価格競争をやっても、生き残ることは難しい。それよりも成熟した消費者の「こだわり」に応えられる価値を持った商品を作り、その価値の対価としてプレミアムを上乗せした値段を付ける。数よりも利益率を重視する。要するに、世界の高級ブランドがやっていることを実践したほうが、勝てる可能性はぐっと高まる。
私は2016年1月に『売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密』(集英社)という書籍を上梓した。「モノが売れない」と言われる時代にもかかわらず、いまだに市場を拡大し続ける高級品ビジネスの世界に、あらゆる「ものを売る企業」が生き残るためのヒントを探った内容だ。
高級ブランドの戦略について調べれば調べるほど、痛感したことがある。それは「彼らがやっていることは決して、『一部のお金持ち向けビジネスの話』ではない。むしろ、日本の中小企業の未来について考えるうえで、欠かせない知恵ではないか?」ということだ。
読者には耳にタコだろうが、現在、日本を含む先進国の消費は「二極化」している。
高級品の売り上げが伸びる一方、100円ショップやファストファッションなど、低価格帯のビジネスも盛況となっている。元気を失っているのは、「中」の価格帯に属する商品。例えばワイシャツであれば、1着1万円からの価格帯でビジネスを展開する企業が苦戦を強いられている。
こうした消費意識の台頭について、ローランド・ベルガー日本法人会長の遠藤功氏は、著書『プレミアム戦略』(東洋経済新報社)の中で、「多くの日本人が、自分が『こだわるもの』と『こだわらないもの』を選別し、消費行動を変えていると考えるべき」と分析した。同書が出版されたのは2007年。それから10年が経ったが、この傾向は現在も変わっていないどころか、むしろ強まってさえいる。
コーヒー市場を見てみよう。ブルーボトルコーヒーのような普通よりも高値の商品に行列が絶えない一方、100円のコンビニコーヒーも依然として人気だ。プレミアムなコーヒーだけ、コンビニだけ、というよりも、どっちも等しく楽しむという人が多い。1人の中に両極の消費観が同居している。
こうした消費者を前にして企業は選択を迫られる。それは「こだわるもの」と「こだわらないもの」のどちらの領域でビジネスをしていくのか?という問いである。マーケティングの世界の用語で言い換えれば、「差別化戦略」か「低コスト戦略」のどちらを選ぶか。
しかし日本企業のほとんどは、この問いを前にして「低コスト戦略」を選んでしまう。コストをできる限り低くし、1円でも安く売ることで優位に立つ。しかし低価格をめぐる競争では、上位の1、2社しか生き残れない。安さのアピールは、消費者を「より安いほう」へと誘導してしまうからだ。
大企業ならともかく、「ヒト」も「カネ」も不足した中小企業で価格競争をやっても、生き残ることは難しい。それよりも成熟した消費者の「こだわり」に応えられる価値を持った商品を作り、その価値の対価としてプレミアムを上乗せした値段を付ける。数よりも利益率を重視する。要するに、世界の高級ブランドがやっていることを実践したほうが、勝てる可能性はぐっと高まる。
中小企業ほど「物語」で売るべき
では、どうやってそれを実践するのか? まずは日本企業の「値付け」の考え方を根本から変えなければならない。
こういう話がある。近年、日本のワイナリーの実力が上がり、フランスから著名なワイナリー経営者たちの視察団がやって来た。彼らは実際に試飲し、日本人オーナーにその質の高さを褒め称えた。価格を聞くと、わずか数千円で販売しているという。
その答えに、フランスのワイナリー経営者は言った。「私であれば、このワインを10倍の値段で売ってみせる」。
このエピソードは、日本人とフランス人の「値付け」に対する意識の違いを象徴的に表している。
乱暴にくくれば、日本企業の値付けは「コスト積み上げ型」で考えられることが多い。材料のコストがこのくらい、物流にかかるコストがこのくらい、人件費がこのくらい……。そのように商品をめぐるコストを積み上げていき、価格を決定する。あるいは、「市場の国産ワインの価格はこのくらいだから」という理由で販売価格をイメージし、その前提のもとでビジネスが成り立つコストを積み上げていく。
しかし、高級ブランドの価格の決め方は違う。例えば高級時計であれば、消費者から「高級である」と認められる価格帯がまずある。ここでは100万円の腕時計と設定してみよう。高級ブランドはその価格から逆算して、「100万円という値段を、消費者に納得してもらうための物語」を作り上げていく。
ここでは実際にいくらコストがかかるかは、あまり問題にならない。ブランドが商品に宿らせる物語に、100万円に値するだけの納得感があるかどうかだけが問われる。だから、高級品ビジネスは「少なく売って、多く儲ける」ことが可能になる。
ここでいう「高級品に値する物語」は次のようなかたちをとるケースが多い。
・手作り(クラフトマンシップ)
伝統的な技術を身につけた熟練職人が、ひとつひとつ手作りで提供する。これほどわかりやすく、希少性と特別感を与える物語はない。
・コラボレーション、限定品
販売数が限定されているというのは、わかりやすい高級感の演出だ。高級ブランドにはコラボレーション品も多く、これも特別感の演出に大きく貢献している。
・特別な由来、歴史
「宇宙に行った時計」(オメガ・スピードマスター)というような、他社に真似できない唯一無二の特徴があるかどうか。「創業180年の伝統」(エルメス)といった歴史がもたらす価値も、ブランドの特別感を担保する。
間違ってはいけないのは、「すごい機能」は、あまり物語にはならないということ。「戦車が踏んでも壊れない」(G-SHOCK)くらいのとんでもないレベルでないと、ブランドの価値には影響しないと考えたほうがいい。G-SHOCKは高級品ではないが、こうした他社が真似できない物語があることで、消耗品とは違う特別なポジションを時計市場の中で保ち続けている。
物語といってわかりづらければ、人に話したくなるウンチクでもいい。「この時計、初めて宇宙に行ったんだよ」「このバッグはフランスの職人が手作りしていて……」と人に説明できれば、その商品には固有の価値が宿り、市場の中でコモディティ化することはない。従って、価格競争とは別の次元で売ることができる。
繰り返しになるが、中小企業ほど「低コスト戦略」で生き残るのは難しい。だから他社と差別化するために、商品そのものの価値ではなく、物語で売る。宇宙に行った時計も、フランスの革職人が作るハンドバッグも、時間を確認することができる、ものを入れて持ち歩くことができるという意味で、機能自体は1000円のものと大差ない。
大きな違いは素材や機能よりも、そこに物語があるかどうかだ。こういう発想を身につけるためにも、まず売りたい値段を決め、そのうえで、顧客が納得してくれる物語をどう作るのか考えてみてほしい。日本の経営者が好きな「顧客目線で考える」という言葉は、便利さの追求だけを示しているのではない。顧客が何に価値を感じるのか知ることも含むのだ。
こういう話がある。近年、日本のワイナリーの実力が上がり、フランスから著名なワイナリー経営者たちの視察団がやって来た。彼らは実際に試飲し、日本人オーナーにその質の高さを褒め称えた。価格を聞くと、わずか数千円で販売しているという。
その答えに、フランスのワイナリー経営者は言った。「私であれば、このワインを10倍の値段で売ってみせる」。
このエピソードは、日本人とフランス人の「値付け」に対する意識の違いを象徴的に表している。
乱暴にくくれば、日本企業の値付けは「コスト積み上げ型」で考えられることが多い。材料のコストがこのくらい、物流にかかるコストがこのくらい、人件費がこのくらい……。そのように商品をめぐるコストを積み上げていき、価格を決定する。あるいは、「市場の国産ワインの価格はこのくらいだから」という理由で販売価格をイメージし、その前提のもとでビジネスが成り立つコストを積み上げていく。
しかし、高級ブランドの価格の決め方は違う。例えば高級時計であれば、消費者から「高級である」と認められる価格帯がまずある。ここでは100万円の腕時計と設定してみよう。高級ブランドはその価格から逆算して、「100万円という値段を、消費者に納得してもらうための物語」を作り上げていく。
ここでは実際にいくらコストがかかるかは、あまり問題にならない。ブランドが商品に宿らせる物語に、100万円に値するだけの納得感があるかどうかだけが問われる。だから、高級品ビジネスは「少なく売って、多く儲ける」ことが可能になる。
ここでいう「高級品に値する物語」は次のようなかたちをとるケースが多い。
・手作り(クラフトマンシップ)
伝統的な技術を身につけた熟練職人が、ひとつひとつ手作りで提供する。これほどわかりやすく、希少性と特別感を与える物語はない。
・コラボレーション、限定品
販売数が限定されているというのは、わかりやすい高級感の演出だ。高級ブランドにはコラボレーション品も多く、これも特別感の演出に大きく貢献している。
・特別な由来、歴史
「宇宙に行った時計」(オメガ・スピードマスター)というような、他社に真似できない唯一無二の特徴があるかどうか。「創業180年の伝統」(エルメス)といった歴史がもたらす価値も、ブランドの特別感を担保する。
間違ってはいけないのは、「すごい機能」は、あまり物語にはならないということ。「戦車が踏んでも壊れない」(G-SHOCK)くらいのとんでもないレベルでないと、ブランドの価値には影響しないと考えたほうがいい。G-SHOCKは高級品ではないが、こうした他社が真似できない物語があることで、消耗品とは違う特別なポジションを時計市場の中で保ち続けている。
物語といってわかりづらければ、人に話したくなるウンチクでもいい。「この時計、初めて宇宙に行ったんだよ」「このバッグはフランスの職人が手作りしていて……」と人に説明できれば、その商品には固有の価値が宿り、市場の中でコモディティ化することはない。従って、価格競争とは別の次元で売ることができる。
繰り返しになるが、中小企業ほど「低コスト戦略」で生き残るのは難しい。だから他社と差別化するために、商品そのものの価値ではなく、物語で売る。宇宙に行った時計も、フランスの革職人が作るハンドバッグも、時間を確認することができる、ものを入れて持ち歩くことができるという意味で、機能自体は1000円のものと大差ない。
大きな違いは素材や機能よりも、そこに物語があるかどうかだ。こういう発想を身につけるためにも、まず売りたい値段を決め、そのうえで、顧客が納得してくれる物語をどう作るのか考えてみてほしい。日本の経営者が好きな「顧客目線で考える」という言葉は、便利さの追求だけを示しているのではない。顧客が何に価値を感じるのか知ることも含むのだ。
VOL.4コンテンツは消費者の欲望を可視化する