TECHNOLOGY

ウェルビーイングに基づくカーデザイン:「ポジティブ感情」

2017.05.26 FRI
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ウェルビーイングに基づくカーデザイン:「ポジティブ感情」

2017.05.26 FRI
ウェルビーイングに基づくカーデザイン:「ポジティブ感情」
ウェルビーイングに基づくカーデザイン:「ポジティブ感情」

前回、「幸福」モデルから「ウェルビーイング」モデルにシフトし、才能を開花させる「フローリシング」の考え方について紹介した。その考えを実際のプロダクトに適用するとどうなるか、自動車のデザインにウェルビーイングを適用するケースを考える。

(読了時間:約5分)

Text by Dominique Chen
Photograph by Kenshu Shintsubo

心の動きをデザインする

初回となった前回では、単線的な「幸福」のモデルから、複層的な「ウェルビーイング」のモデルにシフトすることで、人間が才能を開花させる「フローリシング」の状態を志向する考え方について紹介をしました。今回は、その考え方を実際のプロダクトにて適用するとどうなるか、ということを見てみるために、自動車のデザインにウェルビーイングを適用するケースを考えてみましょう。

私が監訳を務め、今年の1月に刊行された『ウェルビーイングの設計論:人がよりよく生きるための情報技術』(BNN新社)の著者は、ポジティブ心理学に基づくシステム・デザインを研究するシドニー大学の「ポジティブ・コンピューティング・ラボ」を運営する計算機科学者、ラファエル・カルヴォとデザイナーのドリアン・ピータースです。

彼らはこの本の中で、ウェルビーイングを捉えるための心理学のモデルを網羅的に紹介していますが、その中でいま話題の自動運転車を4つの異なるモデルでデザインしたらどうなるかという短いシミュレーションが描かれています。これから4回の記事に分けて、一回毎に彼らのアイデアとそれぞれの理論モデルの違いと関連性を紹介していきましょう。

4つのモデルとはそれぞれ「快楽志向」(Hedonic Wellbeing)、「自己決定理論」(Self-Determination Theory)、「価値重視デザイン」(Value-Sensitive Design)、「生物学的ウェルビーイング」(Biological Wellbeing)のことを指しています。今回は快楽志向デザインの自動運転車について考えてみましょう。

ポジティブな自動運転車

快楽志向の自動運転車は、車に乗る人のポジティブ感情を最重要視してデザインされます。ポジティブ感情とは、喜びや自尊心、畏敬や愛といった他者とのつながりの感覚を含む概念です。反対のネガティブ感情とは恐怖、怒り、嫌悪といったものです。つまり快楽志向のカーデザインは、ポジティブ感情を最大化させ、ネガティブ感情を最小化させるように設計されます。

カルヴォとピータースは、遠回りになったとしても渋滞を避けたり、眺めの良い経路が自動的に選択されたりするというアイデアを書いていますが、前者はネガティブ感情を排するため、後者はポジティブ感情を高めるための機能というように理解できます。

ポジティブ感情を高めるためには、いわゆるコンフォート(快適さ)を生み出すために、シートやダッシュボードといったインテリアは、触り心地や見た目の美しさ、さらには香りまでを含めた五感全体に訴求するようにデザインされるでしょう。さらには同行者との親密さを高めるために、会話がしやすいシートの最適な角度と距離も追求できるでしょう。「ポジティブ感情」と聞くと、こうした事柄は直感的に想起しやすいと思いますが、より深く理論を知ることでデザイン思考の幅を広げることができます。

ポジティブ感情研究の一人者であるバーバラ・フレデリクソンは、ポジティブ感情を進化の過程で人間が獲得したものとして捉え、ただ刹那的な感情としてではなく、それがどのようにフローリシングを誘発するのかという問いを探究しています。

フレデリクソンは「拡張―形成理論」という理論を提唱しました。ネガティブ感情は、危機に対応するべく人間を緊張させ、選択肢を狭めて生存させるために機能しますが、ポジティブ感情は逆に、自由な選択肢を広げ(拡張)、安全な状態のなかで自らの思考や存在を育ませる(形成)役割がある、ということです。

彼女はつまり、さまざまなポジティブ感情が長期的な人間の成長への扉として機能すると考えました。具体的には、「喜び」は「遊び心や創造性への意欲」、「興味」は「探求や学習への意欲」、「誇り」は「成し遂げたことを他者に知らせたいという意欲やさらなる発展への願望」、「満足」は「体験したものを新しい世界観や自己感に反映・統合したいという意欲」、そして、「愛」は複数のポジティブ感情の組み合わせで、親密な人と遊んだりすることで、相手をもっと知りたい、経験を共有したいという循環サイクルを形成する要素であると言います。

長期的なポジティブとは?

このようにポジティブ感情を捉えると、瞬間的な快楽や快適さをもっと長い時間軸と結びつけたデザインが可能になるでしょう。たとえば、モビリティ(移動)という観点から、ポジティブ感情を誘発する自動運転車を考えてみましょう。ここでヒントにするのは、『ポケモンGO』とその前身の『Ingress』というスマホゲームです。

この二つのゲームはGPSを使って、現実空間に配置されたポータル=ポケステに移動してチェックインすることでアイテムを獲得したり、ポケモンを捕獲してコレクションに追加したりすることができます。この形式は、『Foursquare』(現在は『Swarm』)という位置情報ゲームに源流が見て取れますが、共通するのは移動頻度に対して報酬が与えられるというゲーム性です。特に『Ingress』の開発者は、このアプリをきっかけに人々が普段行かない場所を訪れることによって、現実世界に対する解像度を高めてほしいと考えたことは、私たちのポジティブ感情モデルの自動運転車を考える上でヒントを与えてくれます。

フレデリクソンの言う「遊び心」、「探究」、「達成」、「満足」を自動運転車が満たすような設計を考えてみましょう。自宅と仕事場が固定されているとしても、毎日同じ通勤路を通るのではなく、眺望の良さや渋滞の少なさといった観点に加えて、まだ通ったことのない道を選択することで自分の住んでいる街の中で新しいお店や公園を発見したりして、もっと深く知ることができます。どこを通ったことがあり、未踏の経路はどこかということもナビゲーションで知ることができれば、街のさまざまな風景をコレクションする楽しみを得ることもできるでしょう。

さらには、そういう新しい経路を通る時の自分の興奮の度合いも車に備わった生態センサーによって計測されることで、どの場所を自分が好きかということを、人間が意識しなくても自動運転車のシステムが把握し、類似する場所に連れて行ってくれるように学習するという設計も考えられます。
 
このほかにもポジティブ感情を巡っては、フレデリクソンは3対1の「ポジティブ対ネガティブ」の最適比率がフローリシングには重要であると指摘しています。全くポジティブ感情だけに浸かってしまうと、逆にフローリシングが阻害されてしまうということです。ここまで考えてみると、あえて時々は好みに適合しない経路を選択したりするといった「体験の撹拌」までも実装することも検討に値するでしょう。

ほかにも「ピーク・エンドの法則(peak-end rule、頂点と終点の法則)」など、まだまだポジティブ感情を巡っては面白い議論ができるのですが、一旦ここまでにして、次回は自己決定理論に基づいたカーデザインを考えてみましょう。

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ご回答いただきありがとうございました。

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