ART / DESIGN

優雅さを失いつつある時代への
アンチテーゼ・バカラのペーパーウエイト

2017.05.17 WED
ART / DESIGN

優雅さを失いつつある時代への
アンチテーゼ・バカラのペーパーウエイト

2017.05.17 WED
優雅さを失いつつある時代へのアンチテーゼ・バカラのペーパーウエイト
優雅さを失いつつある時代へのアンチテーゼ・バカラのペーパーウエイト

日本でもファンが多いフランスを代表するクリスタル・ブランド「バカラ」。フランスのロレーヌ地方に位置するバカラ村の工房を訪れた際に、通称“ミルフィオリ”と呼ばれる、超絶技法のペーパーウエイトに一目惚れした中村孝則氏が、その魅力を語る。

(読了時間:約3分)

Text by Takanori Nakamura
Photographs by Masahiro Okamura

王者たちのクリスタル

旅にでると、その道程を記憶に残すための物を買う。私の旅先での習慣のひとつである。このバカラのペーパーウエイトも、旅の記念として2004年の3月にフランスで購入したものだ。年月をはっきり覚えているのは、この年が、バカラ創業240周年の節目の年だったから。その周年のために作られるアートピースの取材をするために、寄稿雑誌の編集長とバカラの工房に訪れたのだった。

バカラは、フランスを代表するクリスタル・ブランドとして、日本でもファンが多い。各国歴代の王侯貴族たちからもこよなく愛されたことで“王者たちのクリスタル”という異名を持っている。

ちなみにクリスタルのバカラ(Baccarat)の語源は、トランプゲームではなくて、それがつくられている地名に由来する。フランス北東部のロレーヌ地方にバカラという小さな村があり、村名がそのままブランド名になっている。その語源は、ローマ神話の「バッカス」であり、古代ローマ時代にこの地方にバッカスを祀る寺院が建てられたのが由来であると伝えられている。

バカラ村の住人は6,000人にも満たないが、その約一割の600人ほどがバカラの従業員。先祖代々がクリスタル職人という家も少なくないと聞いた。

このペーパーウエイトは、その小さな村のバカラ工房の隣のブティックで一目惚れしたものである。物づくりの現場の取材というは、ちょっとオソロシイ。深く知れば知るほど、恋愛のはじまりにも似た、あの所有欲のような感情を抱いてしまうからだ。「実際に購入して使ってみないとわからないこともある」という自分へのエクスキューズよろしく、懐の許すかぎり買ってみることにしている。告白すれば、ただのヨコシマな物好き買い物好きなのだけれど。

ペーパーレス化の時代にペーパーウエイトを持つ意味

正確な値段は忘れたがこのペーパーウエイトは、相当の金額だった。さすがにためらっていると、同行した編集長氏が「今回の取材原稿料の総額とほぼ同じくらいだね」と呟いた。それが仕事の重さに見合うのか判断もできぬまま、ともかくこのペーパーウエイトを購入した。

通称“ミルフィオリ”とも呼ばれる、超絶技法のペーパーウエイトは、美術品として高値で取り引きされている。ワインと同じで、出来の良い物は後に希少価値も付帯するから、運よく出会った時がタイミングなのだ。

しかも、私はこの取材で知ったのだが、バカラはこの年にペーパーウエイトのレギュラー生産をうち切ってしまったのだ。熟練技術を要するペーパーウエイトは、時間と手が膨大にかかるうえ、歩留まりも悪い。今後は復刻プロジェクトなどを待つしかないと店員は説明を加えた。

それ以来、ペーパーウエイトは私のデスクの片隅に静かに置かれている。特に何かに使うわけではなく、気が向いた時にただ握りしめて眺めるだけ。門外漢の方からすれば、陳腐な趣味に見えるかも知れない。考えればこのペーパーレス化の時代、ペーパーウエイトというのは、その存在そのものが陳腐化の象徴と揶揄されても仕方ないことだろう。しかし、 西洋絵画の図像学でいうところの寓意(アレゴリー)ではないが、ペーパーウエイトは紙が無い時代に突入することで、何かの象徴としての輝きが際立つようになったと、最近気がついた。それは優雅さを失いつつある軽佻浮薄な時代への、アンチテーゼでもあるまいか。

ひとたびミニアチュールの世界を覗き込めば、今でも輝きの向こうにバカラ村への旅で出会った風景や、職人たちのイメージが鮮明に蘇ってくる。
熱したガラスの棒を花形に整形する工程を繰り返す技法“ミルフィオリ”により作られる
熱したガラスの棒を花形に整形する工程を繰り返す技法“ミルフィオリ”により作られる

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