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よくできたビジネスの戦略が
あなたの役に立つとは限らない

2017.05.17 WED
よくできたビジネスの戦略があなたの役に立つとは限らない

今日の「優れた戦略」が、来年には「時代遅れ」の烙印が押されていることも珍しくない。そのなかで最近注目を集めている「ブロックバスター戦略」。ネット時代の到来とともにもてはやされた「ロングテール」を否定する「ブロックバスター戦略」とは。

(読了時間:約5分)

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「ロングテール」を否定する「ブロックバスター戦略」とは

ビジネスについて語るのは難しい。今日の「優れた戦略」が、来年には「時代遅れ」の烙印が押されていることも珍しくない。あまりにも栄枯盛衰が激しいため、何を参考にすべきかわからなくなってしまうのだ。

ただ、時代が変わっても確実にいえることはある。それは企業間に競争がある以上、ライバルと比べて、自社がどういうポジションにいるのか理解していなければ、適切な戦略など選べないということだ。それがどんなに優れた戦略であったとしても、あなたの企業の規模に合ったものでなければ役に立つことはない。

例えば、最近注目を集めるビジネス理論に「ブロックバスター戦略」というものがある。

ハーバード・ビジネススクール教授のアニータ・エルバースが、著書『ブロックバスター戦略――ハーバードで教えているメガヒットの法則』(東洋経済新報社)で分析した競争戦略であり、ネット時代の到来とともにもてはやされた「ロングテール」を否定するものであると話題になった。

ロングテールとは、米『WIRED』誌の編集長だったクリス・アンダーソンが、「Amazon」や「iTunes」、「YouTube」などの巨大プラットフォーマーの分析により見出した理論である。

ネット時代には無数のニッチ商材が売り上げの大半を支える、とアンダーソンは言う。例えば音楽だ。ネットでは消費者は自分の好みに合った音楽をいくらでも簡単に見つけることができるため、市場はどんどん大規模なヒットが生まれにくくなる。

もちろん、CDショップに置かれにくかったニッチな音楽は、ネットでもそんなに売れるわけではない。ただ、ひとつひとつの売り上げは少なくとも、それがネットのプラットフォーム上で大量に集まれば、ヒット曲がもたらす売り上げを凌駕していく。アンダーソンはAmazonやiTunesの隆盛を見て、そう予測した。

しかしアニータ・エルバースの分析によると、現実はまったく異なっていた。

映画・音楽・ゲームといったエンターテインメント業界では、莫大な製作費とマーケティング費用をかけた少数のヒット(=ブロックバスターコンテンツ)が企業の売り上げの大半を占めるという、ロングテールと真逆のことが起こっていた。

その傾向はネット以前よりも高まっているかもしれない。というのも、近年はSNSの普及により、人々が“共通の話題”をよりいっそう求めるようになったからだ。

友だちと同じ音楽を聴き、同じ映画を観ていることが、ますます価値を持つ。その結果、誰もが知っているコンテンツであることがヒットの条件となり、ニッチなコンテンツは情報の海の中で以前にも増して見つけられにくくなった。

エルバースは前掲書の中で、iTunes Storeで2011年にダウンロードされた800万曲の内の0.001%が売り上げの6分の1を占めた一方、全体の94%は100ダウンロード以下、さらに全体の32%はなんと1回(!)しかダウンロードされなかったという衝撃のデータを紹介している。ニッチをたくさん集めても、ミリオンセラーの足元にも及ばなかった。

こうした現実を目の当たりにした企業は、ますます多額のプロモーション費を少数のブロックバスターコンテンツにかけるようになった。ニッチなコンテンツは次のヒットを探るための実験場として、わずかな製作費しかかけられない。

多くの企業にとってブロックバスター戦略は「博打」となる

現在、クリス・アンダーソンが予見した「ニッチの時代」は到来せず、市場では、一部のブロックバスターがますます売り上げを独占している。この教訓は、エンターテインメント業界に限らず、あらゆる企業に応用できるだろう。

以前は消費者の好みの多様化に応じて商品のラインナップを多様にそろえ、そこに均等にリソースを配分する。それがネット時代の理想の売り方だとされた。

しかし、ニッチなコンテンツをいくらそろえても、潤沢な予算が投下されるビックコンテンツには勝てない。求められるのは、ヒット(が見込める)商品を厳選し、そこにリソースを集中させる「事業の選択と集中」である。

……というのがブロックバスター戦略の概要だ。確かによくできた理論であり、現実にヒットも生まれている。時代の趨勢はこちらだと感じさせる説得力がある。

ただ、1点だけエルバースが説明していないことがある。もし全員がブロックバスター戦略を実行し始めたら、結局は、より多くのマーケティング費用を持つ企業が勝つだけではないか。つまり、ブロックバスターコンテンツが市場を独占するように、あらゆるジャンルでも、トップ企業が消費者を独占するだけなのではないかと考えられるのだ。

音楽ストリーミングサービスの世界では、こんなことが起こっている。

「Apple Music」、「Google Play Music」、「Spotify」など、ここ数年で一気に普及した音楽ストリーミングサービスでは、それぞれ何千万曲もそろえているにもかかわらず、CDの時代以上に熾烈なアーティスト争奪合戦が起こっている。

いくら楽曲のラインナップを豊富にしても、ユーザーがサービスを利用してくれるかどうかは、結局のところ、誰もが「聴きたい!」と思えるビッグアーティストを独占できるかどうかにかかっているからだ。

だから海外では、ビヨンセやカニエ・ウェストといった有名ミュージシャンが新譜をリリースするとなれば、ストリーミングサービス側は競って楽曲の独占、あるいは先行配信権を手に入れようと躍起になる。当然、契約金も高騰する。

皮肉なことに、世界中のあらゆる音楽に定額でアクセスできることが売りのストリーミングサービスの世界で、ビッグアーティストがますますビッグになるということが起こっている。まさにブロックバスター戦略の正しさが証明されたわけだ。

その行き着く先には、大企業同士による消耗戦が待っている。近い将来、激化するアーティスト獲得競争によって資金力が尽きた企業から撤退していき、ユーザーは一部のサービスに集中するようになる。つまり、ブロックバスター戦略を実行し続けられる体力のある企業しか生き残れない。

もし、あなたが業界の上位に入る大企業の人間であれば、ブロックバスター戦略は役に立つ。特に、ライバルがその有用性に気がついていないのであれば、大きな効果をもたらすだろう。

しかし、あなたの企業に熾烈なマーケティング合戦に挑めるだけの体力がなければ、ブロックバスター戦略を実践しても、資金力のあるライバルに駆逐されてしまう可能性が高い。莫大な費用がかかるということは、それだけ失敗したときのリスクも大きいからだ。だから、失敗を容認できるだけの体力がある企業しか適切に実践できない。

世の中のほとんどの企業にとって、ブロックバスター戦略は「戦略」というよりも、「博打」に近い。豊富な資金か安定した収益基盤がある企業、つまりトップ企業が取るべき戦略なのだ。

戦略は万能ではない。市場における自社の立ち位置をよく理解したうえで実行しなければ、優れた戦略も害になる。よくできた戦略だからといって、誰にでも役に立つとは限らないのである。
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