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『ムロヤの言葉、ムロヤの力』

2009年よりレッドブルエアレースワールドチャンピオンシップにアジア人として初めて参戦し、2017年には、ワールドタイトルを手中におさめるという快挙を成し遂げた、世界的なエアレース/エアロバティック・パイロット、室屋義秀選手。レッドブルエアレース自体は2019年で幕を閉じることになり、室屋選手はパイロットとして新たなるステージを目指すことになる。そこで今回は、孤高のアスリートとしてエアレースを戦い、輝かしい成績を収めてきた10年間と、2016年からタッグを組んできたレクサスへの思いを語ってもらった。

どうしたら失敗しないかではなく、どうすれば成功するかを考える


レッドブルエアレースに参戦すべく、2008年はヨーロッパでのトレーニングプログラムに参加した室屋選手。無事にエアレース出場のためのライセンスを取得し、いよいよ2009年のデビューシーズンを迎えることになる。当時について、室屋選手は以下のように振り返る。

「デビューした頃は今ほどの実力もないし、正直、十分な努力もしていませんでした。だから、取り繕おうと、周りの人の目を気にして、自分が進むべき方向を見失っていた気がします」

当時、レース中に誰よりもパイロンへの接触が多かったことから、自らをパイロンヒット王だったと語る室屋選手。2008年のワールドチャンピオンであるハンネス・アルヒ氏に、アドバイスを求めたという。

「どうしてパイロンヒットするのか? と考えるからヒットするんだ。真っ先にそう言われました。どういうラインを飛ぶべきなのか、それだけを考えろ、と。何だか禅問答みたいですが、まさにそれが答えでした。人間は、何かを意識した瞬間、その方向に吸い寄せられるような行動をとってしまう。だから、通るべきラインに集中すれば、自ずとパイロンヒットをしない。どうしたら失敗しないかではなく、どうすれば成功するかを考えるべきだと」

飛行中、パイロットの視界にはいやが応でもパイロンが入ってくる。それゆえ、見るべきポイントだけを捉えるためには、冷静に意識をコントロールすることが重要なのだと、室屋選手はつづける。

「こうした意識のコントロールを身につけるために、自分の呼吸に集中するようにしています。また僕はよく座禅を組んで訓練しています」

自分ができることは自分の世界でベストを尽くすこと


2009年は14位、2010年は12位と、ワールドチャンピオンシップの順位を少しずつ上げていた室屋選手だが、2011年〜2013年はレースフォーマットの進化のため、レッドブルエアレース自体が休止となる。奇しくも同タイミングで東日本大震災が起こり、室屋選手の本拠地である福島県も甚大なる被害を受ける。

「あのときは、飛行機の神様に見捨てられたと感じ、もう競技の世界を辞めてもいいんじゃないか、とさえ思いました。さまざまな犠牲を強いられる戦いの世界から身を引くために、震災をエクスキューズとして利用していたのかもしれません」

そんなどん底にあった室屋選手だが、2011年にイタリアで開催された曲技飛行の世界選手権に参加することを決める。

「被災した地元の人々から応援の声をいただくなかで、やはり、自分ができることは自分の世界でベストを尽くすことだと考えるようになったんです。自分の役割は、世界を舞台にチャレンジすることなのだと」

実は2010年時点で、17年にチャンピオンになるシナリオを描いていた


2014年にエアレースシリーズが再開され、9位でシーズンを終えた室屋選手。15年、16年は6位。そして17年、ついにワールドチャンピオンに輝く。

「2010年からメンタルトレーニングを始めていて、目標を徐々に設定していったんですけれど、実はその段階で、2017年のワールドチャンピオン獲得を視野に入れていました」

では、具体的にワールドチャンピオンの座につくまでのどんなストーリーを描いていたのだろうか。

「2014年6月には、新しい機体をオーダーするためアメリカに行きました。並行して、資金調達や優秀なエンジニアのスカウティング、自分自身のトレーニングや難易度の高い技への取り組み、そしてライバルより速く飛ぶための機体の開発を行うなど、ワールドタイトル獲得のために、頭にマインドマップを描きながら、変化するさまざまなピースをパズルのように一つずつ埋めていったんです」

翌2018年は5位という不本意な成績でシーズンを終えたものの、19年は第1 、2戦を連続優勝した室屋選手。ところが第2戦を前に、第4戦千葉大会を最後にレッドブル・エアレースが終了することをアナウンスされた。千葉大会を優勝で締めくくった室屋選手だが、第3戦での12位という結果が影響し、わずか1ポイント差でワールドチャンピオンタイトルを逃してしまう。

「悔しいですが、僕は2017年にワールドチャンピオンになって、19年も4戦中3勝している。だから、今はタイトルを獲得したマット・ホール選手に幸福をお裾分けできたと思っています。(笑)僕がエアグライダーを始めて28年になるのですが、その間、常に空を飛んできました。人生にはアップダウンがありますが、これからも世界を舞台に飛び続けていきたいと思っています」

世界に伍するためには、見えない努力が星の数ほどある


実はクルマ好きでもある室屋選手。地元福島のエビスサーキットで開催された耐久レースへの出場経験もあるという。ちなみに現在のプライベートカーはレクサス「RX」だ。

「LEXUSのエンジニアの方々とは定期的に交流をさせていただいて、工場や研究所などを見学させていただく機会もあります。レースに使っているプロペラ機と較べると、クルマはパーツの精度が高かったり、エンジンのメカニズムが格段に進んでいることに驚かされます。例えば、僕はLEXUS RXのハイブリッドに乗っていますが、雪道でも意のままに走れる。4WDのE-Fourシステムが、ドライバーには気づかれないよう緻密に車両制御しているんですね。僕らのレース機には、そんな先端技術は搭載されていませんから」

その一方で、飛行機との共通点もあるという。

「中心点や重心高といった物理的なパッケージについては、飛行機もクルマも同じなんだと感じます。レース用飛行機は操縦桿の位置がターンの中心になるよう設計されているのですが、例えばLCに乗ると、同じようにドライバーの位置を中心にきれいに曲がってくれます。そういう優れた設計がなされたクルマのステアリングを握るのは、飛行機の操縦と同様にとてもワクワクします」



これまで、さまざまなかたちでLEXUSとタッグを組んできた室屋選手。最後にLEXUSとの歩みについて語ってくれた。

「世界に伍するためには、見えない努力が星の数ほどあるものです。実際レクサス車に乗ると、そうしたつくり手の隠れた情熱や努力が詰まっていると感じられます。それは、僕らのエアレースや曲技飛行でも同じです。パイロットの僕としては、競技の瞬間瞬間にそうしたものを垣間見ていただけたらうれしいし、LEXUSとは、見えない努力や切磋琢磨のなかで、お互いに何かを与え続けられたらいいですね」

日々、心掛けていることは「人の意見に素直に傾聴する姿勢」という室屋選手らしい言葉だ。

日本におけるエアレース/エアロバティック・パイロットの草分けとして海外に進出し、ワールドタイトル獲得という偉業を成し遂げた室屋義秀選手。他方で、日本発のライフスタイルブランドとして、世界を舞台に挑戦しつづけるLEXUS。そんな両者は2016年以来、お互いに刺激を与えながら、さまざまな取り組みを行ってきた。彼らのスピリッツが、アスリートとしての室屋選手の今後の活動とレクサスのクルマづくりに、どのように結実されるのか。これからも目が離せない。