CROSSING TALK SESSION 室屋義秀 × 野村忠宏 Powered by Number Web

世界の頂点から見える風景とは、
いったいどんなものだろうか?

普通の人が決してたどり着けない頂で、そんな稀有な景色を眺めることができた日本人は、決して多くはない。
エアロバティック・パイロットとして、いくつものショーやレースで活躍してきた室屋義秀と、五輪3連覇をはじめ、国内外で輝かしい実績を残してきた柔道家・野村忠宏。この2人はそんな数少ない“頂点を知る”男たちだ。両人の話を聞いていると、空の上と畳の上という戦うフィールドこそ違えど、王者として、ひとりのスポーツマンとして、紡ぐ想いにはどこか重なる要素が見えてくる。
対談の前編では、2人のアスリートが感じた各々の競技の印象と、それぞれの意外な共通点に迫ります。

勝つには技術を体に“覚えこませる”んです


室屋 野村さんが1996年のアトランタで最初の金メダルを獲られた時、僕はちょうど学校を卒業してフリーターをしていた時で。年齢も近いので「本当にすごい人がいるんだなぁ」と思って見ていました。でも、その後も2000年、2004年と連続で金メダルを獲って、もうその時は「マジか!」という驚きの気持ちでした。'04年の頃は、僕は飛行機を買って1年目という時期で、色々と非常に苦しんでいたタイミングでもあったんです。だから野村さんが頑張っている姿を見て「よし、俺も頑張ろう」と思って、憧れましたね。本当に仮面ライダーのような、ヒーローみたいな人っているんだなと思っていました。

野村 ありがとうございます。自分は少し前に飛行機レースを実際に見に行かせてもらう機会があって、その時に「アジア人初のワールドチャンピオンになったすごい人がいる」という話を聞いて、初めて室屋さんのことを知ったんです。そこからは1ファンとして、室屋さんの活躍を拝見していました。

室屋 ありがとうございます。僕はもともとはエアショー等のアクロバット飛行の操縦者なんです。もう60年以上世界選手権も続いている歴史のある種目で、操縦者の多くは技術の基本をそこで磨きます。そうしていろんな大会に参戦しながら、'09年から飛行機レースの大会にも参戦するようになりました。

野村 飛行機レースは生で見ると本当にすごいスピードですよね。目の前でグアーンと加速していって、すごい速度の中で旋回したり上昇したり。これは本当に卓越した技術と根性がいるだろうなと思いました。すごいGもかかりますよね。10Gを越えるんでしたっけ?

室屋 そうですね、いまの競技だと12Gという加圧がかかります。簡単に言うと、体が12倍の重さになる。エレベーターに乗って止まるときのGが0.1くらいなので、あの120倍の力がかかるわけです。

野村 操縦する立場だと、まずは機械と一体になってそれを操る技術が必要になりますよね。それプラス、そういうすさまじいGに耐える身体作りも要る。やっぱり普段鍛えていたとしても、それだけ過酷な環境だと、ふっと意識が飛びそうになる瞬間ってどうしてもあると思うんです。そういう時でも、必死に意識を保って機体を絶妙にコントロールする。しかも、それが0コンマ何秒の世界じゃないですか。極限状態で生死をかけた熱い勝負をしているというのは、カッコいいですよ。

室屋 そう言われるとカッコいい気がしてきました(笑)。技術の話で言うと、身体に“覚えこませる”ことが重要な気がします。例えば飛行中の旋回って1秒間に450度くらい回転するんです。レース中にはゲートを通過して行かないといけないんですけど、その時の傾きは、水平から±10度以内というのが決まっている。なのでその許容範囲に居るのは100分の3~4秒しかない。その一瞬で機体を止めなければいけないので、目で見て操作してたら間に合わないんですよね。だから、その動きを体に覚えこませる。その上で、それが競技の時にできるかどうかが、自分の緊張状態とか、いろんな状況によって変わってくるというのが実際のところです。

野村 それは柔道でも似ていますね。柔道では5分間の試合で組み合う瞬間、もっと言えば自分のいい形で組める瞬間って本当に少ないんですよ。その数少ないチャンスの中で、相手の動きを感じつつ「よし、今だ。相手を投げられる」と思ってから技に入ったんじゃ、もう遅いんですよね。「よし、今だ!」と感じた瞬間に、身体に染み込んだ技術で瞬間的に技が出ないとダメ。頭で「こうしなきゃ」じゃなくて、その瞬間に染み込んだ技術が“反応”として出てくるかどうか。そういうところは一緒なんですね。

エアレースのピークは35~40歳くらい。


室屋 みんな訓練は積んでいるし、トレーニングも突き詰めた人が五輪や世界大会に出てくると思うんです。だから僕らもそうですけど、技術的には実はそんなに差はないんですよね。その中での勝ち負けって、その時の精神状態だったり、自分の力を瞬間的にどれだけ出せるかで決まる気がしています。

野村 精神面と肉体面のバランスは非常に重要ですよね。柔道で言えば競技のピークは25~26歳と言われています。相手と組み合って激しい争いをするので、フィジカル的なピークは結構、早いんです。20代中盤という年齢は若さもあって、でもそれなりに経験も積めている。そういう年なんです。一方で、先ほど室屋さんにお聞きしたら、エアレースだと40歳くらいが一番良いんだそうですね。

室屋 そうですね、35~40歳くらいが一番ですかね。われわれは飛行機に乗るのにライセンスが必要で、そこから訓練になるので。やっぱりどの競技も最低10年はやらないとモノにならないと思うので、30歳を越えたくらいでやっと一線に出られる。そこから世界中の大会で経験を積み重ねて、35歳、40歳というところで世界のトップに手が届く、という感じになっていると思います。

野村 様々な経験を経た上で、メンタル面というか、自分の心をどういう風にもっていくのかというのがすごく大事ですよね。
室屋 そうですね。僕の場合は2009年のデビューまでは勢いだけというか、根性だけで来られたんです。でも、そこからどうしても勝てない、失敗が続くという時期が繰り返しありまして。それで「どうも自分の心の中、メンタル面が弱いのかな」ということにやっと気がついた。そこからトレーニングをして、色々と人にも教えてもらいながら自分の心をコントロールすることを覚え始めて、やっと成績が出てきました。そういえば現役時代の野村さんの柔道は常に一本を狙う「美しい柔道」とよく言われていましたが、これも一瞬のキレを求める分、メンタル的なコントロールが大切ですよね。そのスタイルはどこから来たのでしょうか?

野村 実は特に技の「美しさ」というものを追求していたわけではないんです。もともと自分が子どもの頃に学んだ柔道を通して「どのスタイルだったら自分が世界で勝てるか」ということを考えた結果だったんです。

ずっと磨き続けたからこその“必殺技”。


室屋 あくまでも「世界で勝つ」ことを追求した結果だと。
野村 そうです。柔道は日本で生まれた武道であり、時に「正しい柔道」という表現もされます。でも、相手としっかり組んで一本を狙いに行く柔道以外が柔道じゃないかというと、そうではない。世界的なスポーツになった以上、ルールの中で戦うしかないんです。だから真正面から組む柔道も柔道だし、相手と組み合わずに技をかけて、変則的に戦うのも柔道なんです。だとすると美しい柔道をしても、世界の舞台で戦って負ければ“敗者”になってしまう。やはり世界の舞台で自分の柔道を貫いた上で、結果を出してこそチャンピオンだと思ったんです。そうして自分が一番世界で勝てる柔道は何なのかと考えた時に、自分の長所が相手を一発で仕留めるキレだったんですね。だから、背負い投げという、その技を磨き続けた。それだけなんですよ。

室屋 ひとつの技をずっと磨き続けたからこその“必殺技”なんですね。自分の場合は機材があるんですけど、機能美という言葉のとおり、結局、勝とうとするとすべてのものがシンプルになってくるんです。いろんな手を尽くしていろんなことをやるんですけど、結局は単純になってくる。そうすると、野村さんの言う必殺技みたいなものが欲しくなってくる。柔道とか体操の映像を見ていると、みんな何かしら必殺技を作って世界を獲りに行きますよね。だから僕も毎年、ひとつは新しい技術や、新しい技を作ろうと思って色々研究を重ねています。

野村 柔道や体操など、全然違う分野の種目からヒントを得ることもあるんですね。
室屋 そうですね。飛行機だけやっていても世界が狭くなるので。車メーカーの技術者と話してみたり、全然違う研究をしてみたりすると、思わぬ発見があったりするんです。



前編で2人のアスリートが語ったのは、一件すると全くつながりのなさそうな両競技に共通するポイントと、心の持ち方の重要性だ。
後編では、世界の頂点に立った両人だけが知る重圧と、今後の後進育成論についても語ります。(続く)