CROSSING TALK 室屋義秀×小山宙哉 Powered by Number Web

人はいつだって、「そら」に憧れる。

自分たちの力だけでは手の届かない、遠い場所だからこそ、その美しさや不思議さに多くの人が思いを馳せるのだ。
航空機パイロットとして、いくつものショーやレースで活躍してきた室屋義秀と、 現在「モーニング」で宇宙飛行士たちの生き様を描いた『宇宙兄弟』を連載中の漫画家・小山宙哉。彼らもそんな「そら」に魅せられた人間のひとりだ。
ジャンルは違えど、地上から遠く離れた世界を舞台にして活躍する彼らが目指すものとは、一体何なのだろうか。
対談の前編は、2人がここまで走り続けられた「原点」と、アイデアの源泉に迫ります。

『ガンダム』と『スラムダンク』に憧れて


室屋 僕のパイロットとしてのスタートは『機動戦士ガンダム』なんですよ。幼稚園の頃にガンダムを見て、「あれに乗りたい」と思ったのがはじまりなんです。コクピットで機械に囲まれている感じがすごく子ども心にグサッと刺さって。

小山 いま乗っていらっしゃる飛行機は、乗り物としては一番ガンダムに近いかもしれませんね(笑)。

室屋 たしかに操縦桿とか似ていますね(笑)。最初はガンダムに乗りたかったんですけど、もちろんどこにもなくて。それで小学校の時に旅客機のコクピットを見せてもらったんです。そうしたら、「あ、ガンダムに近いな」と思った。それで大学からグライダーで飛び始めて、徐々に操縦技術の方にも興味が出てきた感じですね。結果として曲技飛行のフィールドにも行き、世界の最高峰で戦いたいなと思うようになっていきました。

小山 僕の原点は井上雄彦先生の『スラムダンク』ですね。それまで読んでいた漫画ってギャグ漫画がほとんどだったんですよ。だから漫画といえば笑うものという認識だったのが、スラムダンクで「漫画でも感動できるんだ、泣けるんだ」ということを知ることができた。そこから漫画の幅広さというか、奥深さに感動していった感じですね。

室屋 結構漫画、買うんですけど『宇宙兄弟』は最初に読んだら面白くて、すぐに単行本を一気に買ってしまいました。宇宙を作品のテーマにしたのは何か理由があったんですか?

小山 もともと前作でスキージャンプを題材にしていて、浮遊感のある画をそれまでも描いていたんです。空中に浮いているとか、ジャンプしているとか、そういう時の気持ち良い瞬間を形にするのが好きで。それもあって連載のテーマを選ぶときに当時の担当が「宇宙とかどうですか?」と提案してくれたのが最初ですね。

いまの飛行機だと、12Gとかかかる。


室屋 飛行機でも最初に飛びあがる瞬間って、やっぱり特別なんですよね。飛び上がるって、人間ができないことなので非常に特殊な感じがするというか。

小山 結構、Gもかかるんですよね?

室屋 いまの飛行機だと、12Gとかかかるんですよ。

小山 僕、取材でNASAに見学に行ったときに、体験マシーンみたいなものに乗せてもらったんです。もちろん一般人が体験できるレベルのものなんですけど、それで4Gとかだったかな。それでも腕とか全然上がらなくて、結構すごいなという感覚だったんですけど、12Gですか……。

室屋 ここまでくるともうハンマーでパカーンと叩かれる感じですね。0.4秒で12Gまで一気に加速するので。戦闘機とかだともう少し加速がゆっくりなので、余裕があると思うんですけどね。

小山 漫画の中で宇宙飛行士が訓練中に7Gでブラックアウト(※加重の影響で脳に血が回らなくなり、視界が暗転する症状)するという話を描きましたけど、12Gというのは初耳です(笑)。

室屋 もう心臓から全然血が上がってこなくなるんですよ。だから訓練もフライトも、そういう意味では苦しいっちゃ苦しいんです。でも、自分のやりたいことや目指す目標があって、それを達成できた時は喜びもその分大きくなる。それを味わうために頑張っているわけで、その辺は表裏一体なんでしょうね。漫画の世界も独特の苦労や楽しさがあると思います。

『宇宙兄弟』のアイディアが生まれる時。


小山 漫画の場合は体をつかうというよりは、想像の世界でのことなので、「面白いことが浮かんだら嬉しい」という感じです。読者に届けるよりも前に自分はその展開の面白さに気付けているわけで、「これからこれが読者に届けば面白いだろうな」と。そういうのでワクワクしたりという感じですかね。

室屋 『宇宙兄弟』という作品は人生観というか、すごく内容に哲学的な要素があるように思います。いつも「うーん」と唸りながら読んでいるんですけど、ああいう作中のアイディアはどんな時に出るものなんですか?

小山 それが分らないんですよね(笑)。「コレをしたらアイディアが浮かぶ」という決まったことがあれば必ずやるんですけど、それがないんですよ。本当にふと思い浮かんだりするので。ネームを描くときはカフェとか家の外でやるんですけど、出かけるために階段を下りているときに急に思いつくこともあります。長時間悩んだからできるというものでもないですし、難しいですね。

余計なことを考えて、新しいヒントを。


室屋 その辺は飛行機競技でも似ているかもしれません。それこそ漫画を読むとか、自分の興味のあるところで遊んでいたりすると、意外といろんなものが得られたりすることもあって。そういうのって結構、競技にも参考になりますね。例えば去年はレースの成績が悪かったんですけど、そういうときは『宇宙兄弟』を読み返してみる。それで「こういうことをするといいのかもしれないな」とか「どこかで酸素カプセルにでも入ろうかな」とか思ったり(笑)。一見すると全く関係がなさそうですけど、そういうことから調子を上げるヒントをもらっているような気がしますね。飛行機のことは結局、どこかでずっと考えているので。

小山 漫画もそうなのかもしれないですね。余計なことを考えていくことで、実はそこから新しいヒントが連想されていたりする。そういう部分から新しいことが創造されたりするので、それも集中しているといえば集中しているということなのかもしれません。

室屋 集中力というのは課題ではあるんですけどね。10G以上の加圧がかかった状態で、操縦桿をミリ単位でどうやってコントロールするのかが大切になるので、肉体的な要素ももちろんですが精神的にも集中の状態で操作の精度がグッと変わってくる。本番中にどこまで自分の実力を出せるのかという意味では、いろんな挑戦がありますね。2010年くらいからは、メンタルコーチについてもらっていろんな取り組みをしています。それまでは周りもみんな「集中しろ!」と言うんですけど、どうやって集中したらいいのか、誰も教えてくれなかったので(笑)。

自分の意識がどこにあるかを把握する。


小山 具体的にはどういうトレーニングがあるんですか?

室屋 やっぱり自分の意識がどこにあるかを理解することですよね。意識はバラバラとしていて、多くは不必要なことを考えている。その意識がどこにあるのかを把握できるようにする。そして考えていることを削ぎ落としていって、なるべく同じところに意識を置いておくようにする。いろんなことが頭に浮かぶんですけど、それを「流して」あげる。完全に消すことは難しいので、不必要な要素は「流して」あげながら、意識の状態を一定に保った状態にする。あとはその状態を保ったまま運動していくことで、徐々に平気になったりするんですよね。

 ちなみにろうそくの火を1時間見るとかもやりましたけど、それはあんまり意味なかったですね(笑)。そういう意識の整理は、自然とできる人も結構多いとは思いますけど、世界の頂点の争いになってくると、肉体的・技術的だけではなくその辺の勝負にもなってくる。だからメンタルのトレーニングも大事になってくると思います。

小山 なんで漫画家を集中させてくれるトレーナーはいないんですかね。漫画家とか小説家専門のメンタルトレーナーって聞かないですよね? だからみんな自分でなんとかしていると思うんですけど、欲しいなぁ、そういう専門家(笑)。

前編でそれぞれの口から語られたのは、いかにして2人が現在活躍するフィールドにたどり着いたのかという軌跡と、その着想の原点だ。
後編では、お互いが挑む「これまでにないもの」を目指す挑戦と、今後の未来図について語ります。