NEVER STOP
CHANGING

TEXT BY SHIGEKAZU OHNO (LEFTHANDS) /
PHOTOGRAPHY BY ERIC MICOTTO

変わり続けるために学び続け、
挑戦し続ける企業を目指す

2009年に創業して以来、日本のHRテック(ヒューマン・リソース×テクノロジー)市場を
牽引する存在となるまでの成長を遂げた「株式会社ビズリーチ」。
同社の代表取締役社長を務める南 壮一郎さんは、記念すべき創業10周年に際して何を想い、その先に何を見据えるのか。
「憧れのブランドだった」というLEXUSと自身の哲学を重ねながら、これまで歩んだ道のりと、今後のヴィジョンを大いに語る。

驚きと感動の体験を与えてくれる存在

「今日はこのような機会を、ありがとうございます。僕個人としても、とても楽しみにしていました」 ―― 開口一番、笑顔でそう話してくれたのは日本のHRテック分野において先進的なサービスを展開し続けている、ビズリーチの代表取締役社長、南 壮一郎さんだ。自社の社員総会からご自身の結婚式まで、公私ともに縁のある東京・白金台の八芳園で、LS500hの試乗も兼ねた取材に多忙の合間を縫って応えてくれたのである。

「LEXUSは、クルマづくりから接客、ブランドエクスペリエンスに至るまで、すべてにおいてお客様へのおもてなしとしての上質が透徹しています。また、デザインやクオリティはいうまでもなく、広告のクリエイティブからサービスのエグゼキューションについても同様です。いうまでもなく海外でもリスペクトされる存在であり、僕にとってはただのクルマではなくて、その哲学に共感できる憧れの『ブランド』なんです」

初端からの賛辞に続き、今度はLEXUSの掲げる「おもてなし」のフィロソフィやラインナップなどに関して質問が止まらない。「何をもって高級車と呼べるのか?」「おもてなしの品質の最終判断を下すのは誰なのか?」など、本質を突く質問の数々にいつの間にか話も白熱する。自らショールームを訪ねた経験を持ち出しては、「ディーラーで過ごす時間も含めて、すべての体験がレクサスクオリティであるという完成度ゆえのブランドなのですね。もっと学んで、もっと参考にしたいですね」と熱い眼差しで語る。

外に出て、LS500hを前にしては、目を凝らしてつぶさに眺め、手で触れてその感触を確かめる。試乗に際しては、運転手にも様々な質問を投げかけていた。南さんの想いは単なるリップサービスなどではなく、その熱量から察するに本物であった。

スポーツがあったから頑張れた

南さんの人となりを紹介するには、まずその背景について触れておくべきだろう。少年時代をカナダで過ごし、帰国してからは静岡県で中高生生活を送る。大学はまた海を越え、アメリカの名門私立に進学した。

「カナダの小学校ではクラス唯一のアジア人。静岡県の中学校では珍しい帰国子女。アメリカの大学では日本の公立高校出身者は皆無だったように、学生時代は常にマイノリティーとして生きてきました。ガラリと変わる環境で、どうサバイブするかいつも必死でした」

そんな中、唯一変わらない自身の「軸」となり心の支えとなったのが、小学校から続けてきたサッカーだった。

「スポーツがあったから、なんとかやってこれた。スポーツでは国籍や人種に関係なく、実力があれば認めてもらえますから。自分でするのも観るのも、楽しくて仕方ありませんでした。そして、人生を変えたきっかけは、大学3年生のときにちょうど長野オリンピックがあって、アルバイトとして国際放送センターで通訳などとして働かせてもらったことです。感動のシーンを間近で見て、自分もいつかスポーツに携わる仕事をしてみたいと願うようになりました」

スポーツビジネスの世界を目指して

ところが卒業後に就職した先は、モルガン・スタンレー証券だった。「スポーツビジネスをやりたいのなら、まずビジネスの基礎をちゃんと学べ」とスポーツ業界の大先輩からアドバイスを受けたからだという。その後4年経ち、スポーツと名がつく仕事なら何でも請け負う個人会社を設立するが、実力不足が一目瞭然で、成果が何もでない。遅疑逡巡するうちに、楽天がプロ野球界に参入するという話を聞きつけ、南さんは三木谷浩史社長に直訴。その熱意も買われ、楽天イーグルスの立ち上げに携わらせてもらうことになったという。

「楽天は当時、球場のエンタメ施設化を目指したボールパーク構想やインターネットを使った集客に挑むなど、既成概念に縛られない挑戦に次々と取り組み、成果を挙げていました。また、三木谷さんからは『大義名分』という言葉をよく耳にしました。何のために事業を創るのか。世の中をどのように変えたいのか。事業というものは、社会をよりよく変えるためにあると、繰り返し教えられました」

三木谷さんをはじめ、さまざまな先輩経営者の背中を追いながら一緒に立ち上げた楽天イーグルスは、スポーツビジネスという新しいジャンルを創り、経営を軌道に乗せていく。社会構造の変革と、技術革新による変革。南さんは、この2つの変化によって生まれる社会の課題を解決していくことが事業であると、楽天イーグルスでの経験で学んだという。

時代を切り拓くキャリアの模索

楽天での修行を終えたタイミングで、新たな挑戦に向かう前に、南さんはまず世の中を自分の目で見たいと考え、楽天を退社してから世界中を旅したという。

「人間の寿命は延び、キャリアも長くなっていく。だとすれば、自分はまだまだ新しいことに挑戦しながら、変わり続けるべきであると気づきました。20代では、金融業界での財務・会計の知識、楽天イーグルスでは新しい事業を創りながらマーケティングや広報のノウハウを得ました。そして、30代は、新しい時代を切り開く技術であるITについてもっと学んでみたいと思いました。インターネット技術が、さらに社会や業界の構造転換のきっかけになるはずと思い、これを活用した事業に関わるために、まずそのようなことを実現している企業への転職活動を決意したのです」

だが2008年、31歳で臨んだ転職活動がのちのビズリーチ創業へと繋がるとは、当時、南さん自身も想像すらしていなかったという。

自分自身を顧客とするサービスを起業

「転職活動において、数多くのヘッドハンターが親身に相談に乗ってくださいました。しかし、ある時ふと、世の中ではインターネットを介した情報収集・交換が手軽になっているのに、なぜ転職活動はこんなに非効率的なのだろうと、その構造に違和感を覚えました。実は、その違和感から生まれたのがビズリーチの事業構想でした」

自身が元々人材業界に身を置いていなかったからこそ、従来にはない発想のものができたと語る南さん。既存の採用・転職支援サービスとは異なり、自らの体験をきっかけに求職者目線で考えたことで新たな仕組みを創ることができたのだという。

「野球では、フリーエージェント制度というものを通じて、選手はアメリカや日本の球団から自由に声が掛かるようになりました。僕が思ったのは、普通のビジネスパーソンでも『自分の市場価値を知りたい』と手を挙げた瞬間に、世界中の企業から声が掛かるプラットフォームをつくれないかということでした。そして結果として、ビジネスパーソンのキャリアにおける選択肢と可能性が広がることにより、経済や企業が活性化していく。そのようなプラットフォームがあったなら、僕が真っ先に使いたい ―― そう考えたのが、ビズリーチ誕生のきっかけとなったのです」

これからの10年を見据えて

創業から10年、「働き方や採用のあり方の未来を想像しながら、仲間と一緒にサバイバルしてきた」と語る南さん。次のフェーズに見据える挑戦は何なのだろうか。

「LEXUSの歴史もおそらくは同じですよね、デビュー当時には今あるラインナップは想像もできなかったはずです。生き残るためには、ブランドというフィロソフィを大切にしながらも変わり続けなくてはいけない。次の10年後には、今この瞬間には想像もできないような会社にビズリーチを進化させたい」

そんなヴィジョンを形にするために、何を今行えば良いのか。南さんは、「自己投資」という言葉を用いて説明してくれた。

「仕事は集中して早く終わらせ、プライベートの時間を自分に投資する。できるだけ、非日常的な体験を自分に投資したいです。日々の生活でも、いつもと違う駅で降りて帰ってみるとか、世界中の知らない町を散歩するなど、常に学びの機会を窺っています。僕の願いは極めてシンプルで、みんなで感動するような素晴らしいシーンを人生でたくさん創り、たくさん味わいたい、ということだけです。仕事では、そんなシーンを想像しながら、みんなで力を合わせながら同じ方向を向いて実現していきたいです。想像すらできない姿に変わり続けるために、もっともっと学び続けます」

南 壮一郎

株式会社ビズリーチ 代表取締役社長
1999年、米・タフツ大学数量経済学部・国際関係学部の両学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券や楽天イーグルスでの勤務を経て、株式会社ビズリーチを創業、2009年に即戦力人材と企業をつなぐ転職サイト「ビズリーチ」を開設した。その後、人材活用クラウド「HRMOS」や求人検索エンジン「スタンバイ」などを次々と立ち上げ、未来の働き方や経営を新しい技術で変革し、日本の生産性向上に取り組む。
https://www.bizreach.jp