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 ただ、とにかくUSPGAツアーフル参戦1年目ですでに1勝を挙げたというのは、これは本当にすごいと思いますし、いまのアメリカでの1勝というのは、2000年代前半のPGAツアーで挙げた3勝にも匹敵することだと思います。これは間違いなく言えます。当時といまの選手のレベル、層の厚さが全然違います。これは私の勝手な分析ですが、2004年以降のアメリカのレベルは、もうまったく比較にならないくらいに変わっています。
 1996年にタイガー・ウッズが出てきたときに、まずレベルが上がっているのですが、その後、他の選手がいかにタイガーに勝つか、ということを考えはじめ、そのときにレベルがさらに上がっているんです。それまではタイガーがいるから勝てないと思っていたものが、彼ができるなら俺もできる、タイガーに勝てるというふうに若い人たちが思いはじめた。いかに最新の道具をうまく使うかということでスイング改造もし、筋力トレーニングの仕方も変わってきているんです。それが2004年以降。若い選手たちが最初から新しい道具を使ってそれに適応したことで、一歩抜け出していたタイガーが、その他の選手の集団のなかに吸収されてしまったわけです。逆にいえば、突出した選手がいなくなったということでもありますが。

 もちろん、あまり帰ってこなくていいと言いつつ、いまの私の日本プロゴルフ協会会長という立場からいえば、日本のゴルフ界を盛り上げるために日本でも戦ってほしいという思いはあります。日本プロゴルフ協会が主催している日本プロゴルフ選手権の来年の大会に、もし松山選手や石川選手が揃って出てくれるなら、絶対に私は1日1万人、4日間4万人の観客を集めますよ(笑)。

【プロフィール】

倉本 昌弘(くらもと まさひろ)

1955年広島県出身。日本大学卒業。
2014年2月24日から第11代日本プロゴルフ協会会長。現在もプロゴルファーとして活躍。1981年にプロ入りを果たすと、初戦の「和歌山オープン」で初優勝、その年に6勝を挙げて賞金ランク2位と鮮烈なデビューを飾った。
レギュラーツアーでは、92年の「ブリヂストンオープン」で25勝目をマークして永久シード権を獲得、ツアー通算30勝を挙げている。
シニア入り後もシニア、レギュラーの両ツアーに参戦。
2010年の「日本シニアオープン」に続き、ツアー最終戦「HANDA CUPシニアマスターズ」で優勝し、シニアツアー初の賞金王に輝いている。

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  • どんなに時代が新しくなっても、先人の言葉に耳を傾けることはとても重要であり、さらに前へと進む一助になる。若き日からプレーヤーとして驚異の記録と記憶をゴルフ界に刻みつづけ、現在、日本プロゴルフ協会会長を務める、偉大なる先達の1人、倉本昌弘プロが松山英樹に送るエール──。

    松山選手が挙げた1勝は
    2000年代前半の3勝に匹敵する

     私もアマチュアでプロの試合に優勝し、プロデビュー年で4勝を挙げるなどしましたから、もしかしたら私と松山選手に重なる印象をお持ちの方もいるかもしれません。ですが私には、そういったものはまったくないですね。やはり時代が違うものを比較してもしようがない。たとえばジャック・ニクラスとタイガー・ウッズを単純に比較しても仕方がないですよね。どちらがすごいかとかではなく、その時代時代にすごい人がいたということだと思いますよ。

  •  ただ、とにかくUSPGAツアーフル参戦1年目ですでに1勝を挙げたというのは、これは本当にすごいと思いますし、いまのアメリカでの1勝というのは、2000年代前半のPGAツアーで挙げた3勝にも匹敵することだと思います。これは間違いなく言えます。当時といまの選手のレベル、層の厚さが全然違います。これは私の勝手な分析ですが、2004年以降のアメリカのレベルは、もうまったく比較にならないくらいに変わっています。
     1996年にタイガー・ウッズが出てきたときに、まずレベルが上がっているのですが、その後、他の選手がいかにタイガーに勝つか、ということを考えはじめ、そのときにレベルがさらに上がっているんです。それまではタイガーがいるから勝てないと思っていたものが、彼ができるなら俺もできる、タイガーに勝てるというふうに若い人たちが思いはじめた。いかに最新の道具をうまく使うかということでスイング改造もし、筋力トレーニングの仕方も変わってきているんです。それが2004年以降。若い選手たちが最初から新しい道具を使ってそれに適応したことで、一歩抜け出していたタイガーが、その他の選手の集団のなかに吸収されてしまったわけです。逆にいえば、突出した選手がいなくなったということでもありますが。

  •  そんなレベルのなかで、勝ったのですから、これはすごいことですし、評価すべきことです。しかも、日本である程度成績を残して、選手としてのピークを迎えてからアメリカに行ったのとは違い、松山選手は22歳という若いときから行けています。これまでのようにアメリカで活躍できる時間が非常に短いケースとは違い、長い時間があるのは非常に幸せなこと。だから彼には、いまのアメリカの「いつでも勝てる選手」のレベルに達する可能性は充分にあると思います。
     しかし、それも可能性があるというだけで、実際に達するかどうかはわからないですよ。1勝はしましたけれど、まだまだ松山選手も、「いつでも勝てる選手」や「メジャーに勝てる選手」とは全然違うと思います。先日の全英オープンにおける、イギリスのブックメーカーのオッズをみても51倍などと報道されていますが、あれが世界の評価なのです。

  • 不足しているものは何もない
    いかに新しい風を読むかが大切

     ただ、彼にはその可能性を現実にする、チャンスをつかむ力があります。いくらつかめても、力がなければ落ちていくだけですし、だから1勝で終わる選手なんて、いっぱいいるわけです。でも松山選手は、ちゃんとつかんで、自分のものにしているというのは、やっぱりすごいですよ。日本でステップアップするチャンスをつかみ、なおかつアメリカに行ってもそれをつかんでいるわけです。ただアメリカでは、まだつかんでいる状態で、完全に自分のものにできているわけではありません。だから、ここでいま、いい流れのときにいかに自分のものにするかです。「松山はいつ勝ってもおかしくないよね」「彼はいつ勝ってもおかしくない、トップ30のレベルにいるよ」といった地位を得るには、もう少し時間がかかるでしょうし、それを得るために成績を出しつづけていかなければいけません。

  • それは優勝ではなくとも、何度も優勝争いをするとか、メジャーで成績を出すということですね。とはいっても、メジャーは年間4つしかありません。たとえば彼が20年やるとしても、メジャーは80回しかありません。その80しかないメジャーの優勝者という枠をいかに取っていくか。80試合といえば、アメリカツアーでいえば、たったの2年分ですからね。そう考えると、少ないですよね。
     でも、いまの松山選手には、それを実現するために不足しているものなんて、ないと思います。充分持っていると思いますし、ただそれをどう発揮するか、花を咲かせるかという部分だと思います。日本人がアメリカで戦ううえで、芝の違いがどうとか、語学の問題がどうとか言われたりもしますけど、そんなのは、まったく関係ないですよ。大変なのはやっぱり、先ほども言った選手のレベルです。だから、そんななかで花を咲かせるには、いまのいちばん新しい風というものをいかに読むかが重要なんじゃないでしょうか。

  • 先ほども言ったように、道具の進化や、強い選手たちがなぜそのように強くなったのかという部分をしっかり分析していくということ。どういうコーチがついて、何をやっているのか。メンタルトレーナーはどういうことをやっているのか。フィジカルトレーナーはどういうことをやっているのか。そういうことを分析し、いいものは取り入れていく。これをやっていかないと、やっぱり世界のトップには行けないと思います。
     とにかく今後の松山選手については、本当にメジャーに勝つところまで行ってほしいなと思います。そして、1年でもアメリカで長くやって、日本にはあまり帰ってくるなと言いたいですね。長くやるためには、体を大事にしてほしいですし。本当に体だけには気をつけてもらいたいです。タイガーだって、ケガをしなければもっと勝てる選手だったと思いますし、体のケアはトッププロとしての絶対条件ですから。

  •  もちろん、あまり帰ってこなくていいと言いつつ、いまの私の日本プロゴルフ協会会長という立場からいえば、日本のゴルフ界を盛り上げるために日本でも戦ってほしいという思いはあります。日本プロゴルフ協会が主催している日本プロゴルフ選手権の来年の大会に、もし松山選手や石川選手が揃って出てくれるなら、絶対に私は1日1万人、4日間4万人の観客を集めますよ(笑)。

  • 【プロフィール】

    倉本 昌弘(くらもと まさひろ)

    1955年広島県出身。日本大学卒業。
    2014年2月24日から第11代日本プロゴルフ協会会長。現在もプロゴルファーとして活躍。1981年にプロ入りを果たすと、初戦の「和歌山オープン」で初優勝、その年に6勝を挙げて賞金ランク2位と鮮烈なデビューを飾った。
    レギュラーツアーでは、92年の「ブリヂストンオープン」で25勝目をマークして永久シード権を獲得、ツアー通算30勝を挙げている。
    シニア入り後もシニア、レギュラーの両ツアーに参戦。
    2010年の「日本シニアオープン」に続き、ツアー最終戦「HANDA CUPシニアマスターズ」で優勝し、シニアツアー初の賞金王に輝いている。

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松山英樹は2014年1月よりLEXUSの所属となりました。

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