EXPLORE THE WORLD OF INDUSTRIAL北米五大湖発、Craftsmanshipが受け継がれる道

ロード・アメリカ・サーキットは、アメリカ合衆国北部・ウィスコンシン州最大の都市ミルウォーキー近郊にあり、約70年の歴史を持つ伝統的なトラックだ。
ミルウォーキーが接するミシガン湖を含む五大湖エリアは、全米でも屈指の工業地帯として栄え、メイド・イン・アメリカのインダストリアルプロダクトのなかでも、世界の列強を打ち負かし続けるブランドが多数存在している。それらに通底しているのは、精緻なつくり込みと、それによって勝ち得た世界のユーザーからの信頼だ。
LEXUSのフラッグシップセダンLSもまた、最高峰のクルマづくりを目指して、高度な技術力で一切の妥協を許さない匠の技によって生み出された。LEXUSのものづくりにも通じるCraftsmanshipあふれるブランドを辿って、五大湖のミシガン湖をシカゴから北上、ロード・アメリカ・サーキットへとLEXUS LS500 F SPORTを走らせた。

クラフトマンシップあふれる
世界ブランドを訪ねる

五大湖エリア、世界的ブランドの勃興

T型フォードが切り拓いた現代のモータリゼーション。その隆盛は五大湖の沿岸都市デトロイトで始まり、周辺にその裾野を広げていく。早くから石炭や鉄鉱石が採れ、かつ五大湖を水運で活用できたため、一帯は工業地帯として大きく発展した。
ウィスコンシン州は、東にミシガン湖、西にミシシッピ川を臨み、製造業で成長してきた。過ごしやすい気候の夏とは打って変わって、厳冬期になると氷点下40℃にも達するこの地には、世界に向けてその名を轟かせるブランドが点在している。そのなかから、クルマづくりとも繋がりのある2つのブランドを訪ねた。

ツール・ド・フランスをはじめ、世界のロードレースで活躍するプレミアムバイクを生み出す「トレック」は、ウィスコンシン州の州都マディソンに程近い村、ウォータールーを本拠とする。1970年代、アメリカにおけるサイクリング文化が花開き始めた当時の最高級自転車といえば、イタリアやフランス、もしくは日本製が主であったところに創業し、ツーリング車、ロードバイクとそのラインナップを拡大。
転機は、自転車フレームの素材が鉄からアルミへと変わった1990年頃のこと。カーボン複合材の採用で先行していた戦闘機の元開発者だったエンジニアによって、他社に先駆け、軽量なカーボンフレームの量産に成功。瞬く間に世界最高峰のブランドへと上りつめた。30年を経た今日、ハイエンドスポーツサイクルの素材はカーボンが標準となっていることからも、その先進性は確かだった。

雄大に広がるとうもろこし畑を横目に見ながらLS F SPORTでゆったりと走っていくと、「トレック」の本社が現れる。研究開発や、ハイエンドモデルの製造が行われている重要な拠点だ。
そこにあるのは、塵も見逃さないクリーンルームや、ムラのない塗装を可能にするロボット、さまざまな路面を再現する走行実験室など、LEXUS車両の開発・製造現場にも見られるような設備の数々。走行実験室で得られたデータや知見はレース用と市販用の双方に活かされていることも、このブランドが世界中で愛されている理由のひとつ。素材はもちろん、造り込みへの並々ならぬこだわりを垣間見ることができた。

エンジニアリングが文化になる

ミルウォーキーは、シカゴからミシガン湖沿いに200km程北上したところにある。「ハーレー・ダビッドソン」のホームとしても知られるこの街だが、自動車レーシングチームにとってその生命線ともいえる工具ブランド「スナップオン」の、創業の地でもある。
少ないツールで多くの作業ができるように、ハンドル分離型ソケットレンチを考案したことでその名を広め、いまでは、圧倒的な品質と保証体制で、世界中のプロメカニックたちの相棒として知られている。創業間もなく、現在の本拠地である、ミルウォーキー北部の街ケノーシャに移って以来、今日もこの地で製造された工具が、世界のロードカーやレーシングカーのメンテナンスを務めている。

また、Craftsmanshipを連綿と受け継ぐ五大湖エリアならではといえるイベントが、現在でも50万人を超える来場者を集める世界最大の航空ショー、オシュコシュ航空ショーだ。毎年7月の終わりになると、1万機もの航空機が会場となるウィットマン空港に飛来。会場には航空機の見本市のごとく、ラグジュアリーな航空機が展示され、世界各地から富裕層がプライベートジェット機の商談や見学に訪れる。
さらにこのショーの特徴は、なんと自作の飛行機や、1900年代のヴィンテージ飛行機がメンテナンスを経て実際に飛行するなど、まさに航空機に関する“エンジニアリングの一大祭典”であること。ショーは1953年から続く息の長いもので、歴史を経て、周辺には航空機のメンテナンスを行うファクトリーも揃う。エンジニアリングやものづくりへのこだわりが、広く文化として根付いていることが、この地が生み出すブランドの強さなのかもしれない。

旅を共にするLS F SPORTにもまた、ものづくりへの飽くなきこだわりが感じられる。常に感覚を研ぎ澄まし、研鑽を重ねる匠たちによる工芸品を思わせる繊細なつくり込み。Craftsmanshipは、この五大湖から遠く日本へも受け継がれたといえるだろう。

エンジニアの思いを継承するサーキット
ロード・アメリカ

エンジニアが切り拓いたサーキット

LS F SPORTでウィスコンシンの田園地帯を抜け、次第に標高が高くなり霧も出現しようとする頃、森の中に突如ロード・アメリカ・サーキットの入口が見えてくる。
1950年代初頭、州議会によって公道でのスポーツカーレースが禁止されると、クリフ・タフテという高速道路のエンジニアが中心となり、恒久的なレーストラックの建設へと動き出す。
やがて1955年にその夢は実現し、ケトルモレーン(氷河が堆積する地帯)の地形を活かしたトラックがロード・アメリカとして産声を上げる。なだらかな丘を周回しながら、かつ、一気に渓谷を駆け下りるようなコースレイアウトは、かつて氷河が山々を削りながらこの地を流れ、ゆっくりと堆積していった自然の名残ともいえる。

“変わらないこと”へのこだわり

開業当初の一周4.048マイル、14コーナーの基本コースレイアウトは、幾度の改修を経ても、いまに至るまで変わらない。ピット前の登り勾配ストレートをはじめ、比較的長距離のコースが特徴で、そのため、レースではエンジンなどのメカニカルトラブルが多く発生し、エンジニアを悩ませる。エンジニア出身のタフテがコースレイアウトを変更しなかったのも、彼ら技術陣の切磋琢磨を望んでいたからかもしれない。
また、約70年の歴史のなかで、トム・クルーズやポール・ニューマンなど、多くのセレブリティがサーキットを訪れているのも、このエリア一帯が風光明媚なリゾート地として発展したことと無関係ではないだろう。週末のパブリックレースに加えて、ゴーカートやモーターサイクルのレース、ドライビングスクールも多く開かれているのは、サーキットが地元に根付いている証拠。あるエンジニアが、地元の経済発展を願い、設立に奔走したロード・アメリカは、“変わらないこと”へのこだわりが見事に結実した、類まれなサーキットだ。

F SPORTモデルの源流を目撃
アメリカ最高峰のスプリントレース

想定外の展開も、ハイペースな予選レース

モータースポーツのエンジニアリングに根ざした専用設計がなされたLS F SPORTモデル。その“F”に宿るハイパフォーマンスの源流を目撃するべく、サーキットへ。
アメリカ最高峰のスポーツカーレースシリーズ、IMSAウェザーテック・スポーツカー・チャンピオンシップ2019の第9戦は、ロード・アメリカで開催された。「AIM Vasser Sullivan(AVS)」チームによる高速チューニングが施された2台のLEXUS RC F GT3が、このGT3クラス最高峰のレースシリーズに参戦している。ここまで好成績を挙げているAVSだが、オーナーのジミー・バッサー氏はレース前のインタビューでこう答えた。「スプリントレースは激しい戦いだ。全てのラップで全力を尽くし、また想定外の展開が起こる事態にも備えておかなければならない」。
バッサー氏のこの予測は不幸にも的中、最初の“想定外の展開”は土曜日の予選で起きた。天候がよく変わるこの地ならでは、雷が鳴り響く悪天候のため予選走行が中断されたのだ。しかし、中止を告げるレッドフラッグが掲示された時点で、ジャック・ホークスワース選手/リチャード・ハイスタンド選手のRC F GT3は7番手のラップタイムをマークする速さを見せていた。
「我々のペースなら、予選3番手につけることもできたかもしれない」と、ハイスタンド選手は振り返る。「悪天候は突然やってきたが、序盤から勝負を仕掛け、かなり早い時点で自分たちのペースを維持できたという好感触はあった」。この言葉は、日曜日の決勝で現実のものとなる。

燃費戦へ移るも、好成績でフィニッシュ

決勝のスタート直後、RC F GT3 #14がクラス5番手のタイムを記録。高速コースのロード・アメリカで水を得た魚のように、ホークスワース選手にドライバーチェンジするや、表彰台に手を掛ける3番手に躍り出た。フランキー・モンテカルヴォ選手もRC F GT3 #12で善戦し、タウンゼン・ベル選手と交代した時点でトップ10入りし、陣営やファンを沸かせた。
しかし、“想定外の展開”は、コーション(レーシングアクシデント発生によるセーフティカー先導周回)無しのレースに終わったこと。チームはセーフティーカー導入に応じた戦略を練っていた。「ロード・アメリカでグリーンフラッグのままだったのは、実にしばらくぶりのことだよ」とホークスワース選手は振り返る。「燃料が不足していたので、ペースを抑えなくてはならなかったが、7番手からスタートしてポイントを取ることができて嬉しい」。結果は、RC F GT3 #14はクラス4位、RC F GT3 #12はクラス9位と、2台揃っての完走。
レースでは各チームとも、百戦錬磨のエンジニアたちが膨大なトラックデータを解析し、ベストなセットアップを弾き出す。そして当日のコンディションを見極め、メカニックもドライバーも一丸となって、細部の調整を重ねていく。まさに、エンジニアリングへの情熱とこだわりがレースを形づくり、その先の観客やユーザーへ感動を届けることに他ならない。スピードが要求されるだけでなく、アクシデントの有無による対応までの奥深さとは、さすがはエンジニアがつくったロード・アメリカならでは、手強いサーキットの面目躍如といえるのかもしれない。

ミシガン湖南湖岸にある大都市シカゴから入り、ウィスコンシンを周りながらミシガン湖を北上、ロード・アメリカ・サーキットへ。LS F SPORTの、フラッグシップモデルならではの快適な乗り心地と鍛え抜かれた走り、そして最先端の安全装備や運転支援技術により、ロングドライブも快適で楽しいものになる。
1990年にデトロイトモーターショーで発表された初代LS400から連なるLEXUSの歴史もまた、この地の文化との関係が欠かせない。その登場以来、北米で高い評価を得てきたLSは、Craftsmanshipに対する鋭い審美眼と感性を持つ世界中のユーザーのニーズに応えるべく、精緻なつくり込みを続けてきた。
そして、モータースポーツのDNAを受け継ぐF SPORT。サーキットで育まれたパフォーマンスと、丹念なものづくりの両者を追求したひとつの解答が、このLS500 F SPORTといえるだろう。海のように広い湖を間近に、LS500 F SPORTのステアリングを握ると、この地で育まれてきたCraftsmanshipがもたらす、“走る喜び”を感じることができた。

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