Absolute Craftsmanship雲上の頂へ、大地と生み出すテーラーメイド

日本が世界に誇る名峰富士山は、歴史を通じて芸術の題材となってきたこともあり、周辺の関連する文化財群とともに世界文化遺産に登録されている。麓には富士山原始林と青木ヶ原樹海が広がり、山裾は遠く駿河湾の海岸にまで達する。豊かな伏流水は富士五湖を満たし、田畑を潤してきた。
そして東の裾野には、レース界の“世界最高峰”がある。日本初の開催となった F1 グランプリを筆頭に、数々の伝説的なレースの舞台となってきた富士スピードウェイだ。そしてハイスピードと高次元のエンジニアリングが同時に求められるこのサーキットこそが、ハイパフォーマンスモデル“F”を生み出してきた LEXUS のホームサーキットでもある。
今回、“F”の最新スポーツクーペ、RC F Performance package を駆り出し、道中、同じく富士の裾野から、こだわり抜いたクラフトマンシップでジャパニーズ・ウィスキーを世界へ発信する、ガイアフロー静岡蒸留所を訪ね、「SUPER GT FUJI GT 500mile RACE」を目撃する旅に出た。

雄大な大地とジャパニーズ・
ウィスキーの新機軸

静岡発のジャパニーズ・ウイスキーを世界へ

富士山の南西方向へおよそ 50km。峻厳なる南アルプスを水源とする安倍川の支流、中河内川に沿ってクルマを走らせていく。すると川辺がぽっかりと開けた窪地に、突如、木造平屋建ての建物がその姿を現した。静岡地域の山間に本拠を置くウイスキーメーカー「ガイアフロー」の蒸溜所だ。他には類を見ない繊細な味わいから世界 5 大ウイスキーの一つとして称される日本ウイスキー界でも 2012 年創業という新機軸の蒸溜所として注目を集めている。

代表の中村大航氏は、旅したスコットランドでキルホーマン蒸溜所を訪ねたことをきっかけに起業を志したという。

「そこはたった 1 組の小さなポットスティル(蒸溜器)でウイスキーをつくっていました。創業したばかりの新参者ながら、個性を売りに世界を相手にビジネスを営んでいる。ひょっとしたら自分たちにもできるのでは、と思ったのです」と中村氏。

“ジャパニーズ・ウイスキー”の世界的な人気を受けてスタートアップ的ディスティラリー(=蒸溜所)も増加の傾向にあるが、ここガイアフローは、静岡という土地に根付いた素材選びとクラフトマンシップで群を抜いている。例えばウイスキーのもととなる麦汁を発酵させる桶は、伝統の桶職人が地元産の杉を原材料にオリジナルで作っている。さらに地元で産出された薪を使い、世界でも非常に珍しい直火蒸留を行っていることも特筆すべきポイントだ。

そしてウイスキーづくりの鍵を握る蒸溜機そのものにも大きなこだわりを持つ。ウイスキーの本場スコットランドで最新型の1基を特注し、さらには2012年に閉鎖された伝説の軽井沢蒸溜所から蒸気加熱式のポット4機を入手、それぞれのパーツを用いて完全レストアした1基も採り入れている。この新旧の蒸留器を駆使して、新しい“唯一無二の味わい”に挑戦するこだわりはまさに一級品。小規模ならではのアドバンテージを生かして、オリジナリティ溢れるウイスキーづくりを志している。

樽熟成を始めてから3年が経ち、いよいよファーストリリースが世に出るのは2020年。「静岡らしい華やかな味をイメージしている」というこの貴重な静岡産ジャパニーズ・ウイスキーが、名峰富士山に並ぶ静岡の名物となる日も近い――。

富士山に抱かれた大いなる大地を走る

富士山へと向けて走らせるクルマは、RC F Performance package。“F”を冠するプレミアムスポーツクーペの走りをさらに向上させ、サーキット志向を強めた特別なグレードだ。美しい曲面を描く大型のリアウィングやフロントカナードなど、レースで培われたエアロダイナミクスを“機能”をもったデザインに落とし込むLEXUSのデザインの匠の技が光る。その奥深さは、ロードカーとしてもポテンシャルを遺憾なく発揮する点にある。スパルタンなスペックとは裏腹に、ラグジュアリーな4人乗りクーペとしての実用性はまったく損なわれていないのだ。

特に高速道路のクルージング時には、5.0L V8NAエンジンが意のままのダイレクトかつトルクフルな加速を可能にする。またひと度高速を降りれば、引き締められた足回りと強大なダウンフォースにより、ワインディングでは思い描くラインを正確にトレースしていく。

富士五湖のひとつ山中湖へと続くワインディングを駆け抜け、西湖では勇壮な富士山を目の前に望む。そのまま青木ヶ原樹海を抜ける道を経て、富士山をぐるりと反時計回りに周回すると、その先には富士市の大淵笹場がある。茶葉の名産地、静岡県において、富士山を見晴らす美しいだんだん茶畑として知られる場所だ。日本ならではのこうした起伏に富んだ原風景は心を揺さぶる。同時に、ガイヤフローの“こだわり”抜くウイスキー作りを目の当たりにして、この豊かな大地には静かに世界を見据えた挑戦が息づく特別な場所だと実感する。

この時点で、富士山の周囲をぐるりと走ってきたその距離は、すでに130kmを超える。道中、RC F Performance packageはその黒く光るボディにどんな新しい富嶽三十六景を映してきたのだろうか。さあ、次はいよいよ富士山を代表するもう一つの景色、“F”の聖地である富士スピードウェイを目指す。

LEXUS“F”の源流
「富士スピードウェイ」を紐解く

時代のニーズから紆余曲折を経て生まれたサーキット

富士スピードウェイ建設の構想が始まったのは1960年代初頭のこと。世は空前のマイカーブームだったが、折しも自動車の輸入自由化のタイミングにあったことから、輸入車に負けない高性能の国産車開発は火急の課題となっていた。そのためにも不可欠だったのが、実験・開発の場としても機能するサーキットだった。

当初、提携を持ちかけてきたのはアメリカのNASCAR。計画されたのは、Daytona International Speedwayを彷彿させる30度バンクを持つオーバルコースで、目指すはアメリカン・レーシングが誇る超高速のレース開催であった。ところがそこに待ったをかけたのが、F1を引退したばかりのスターリング・モスである。建設地を視察し、「ヨーロッパ式のロードコースに改めるべき」と提案したのだ。結果生まれたのが、折衷型としての現在の原型ともなる独特なコース形状である。その後、NASCARとの契約は解除となったが、「サーキット」ではなく「スピードウェイ」の呼称だけが残った。現在も当時の30度バンクを第1コーナーの先に見ることができる。

紆余曲折を経て、66年に開業した富士スピードウェイ。95,000人の観客を集めた同年の第3回日本グランプリ決勝レースや、76年の日本初開催となったF1世界選手権イン・ジャパンでのニキ・ラウダ vs ジェームス・ハントの熱戦など、ここから生まれた伝説のレースは枚挙に暇がない。その後2000年に入り、近代F1の招致のためにコース変更から施設の建て替えまでを含む大規模な改修工事を敢行。05年、現在のF1開催に必要な資格となるグレード1を取得し、リニューアルオープンへの道を開いた。

また、1977年〜92年まで開催されていた国内屈指の耐久レース、富士500マイルは、長年の休止期間を経て2018年よりSUPER GTに引き継がれ、復活を遂げた。

テクノロジーを支える匠の技

富士スピードウェイで繰り広げられる、白熱したレースの数々。ハンドルを握るドライバーがいる一方で、彼らの乗るマシンを完璧な状態に整備し、戦略の指揮を執るのがレースエンジニアである。

なかでも、その手腕に一流ドライバーからも絶大な信頼が寄せられるのが東條 力氏。SUPER GTではLEXUS TEAM TOM’Sのレースエンジニアを務める。TOM’SはLEXUS TEAMのなかでも、日本のレース界をけん引してきた強豪チームだ。

「レース後はパーツを全部バラして、磨耗やクラックなどがないかミクロの単位で調べるんです。レントゲンも使います。故障に繋がる要因と、ドライバーにとって正体の分からない違和感の原因を、徹底的に洗い出すんです」

「また現代のレースはデータによる情報戦でもあり、データを専門で解析するデータエンジニアもいます」

だが、いざレースとなると、データ上でのシミュレーションどおりの結果が出るとは限らない。実際にそのパフォーマンスを発揮させるのは、ドライバー自身だからだ。

「たとえデータ的にはクルマを速く走らせるための正しいセッティングでも、ドライバーが違和感を覚えるのなら、その原因を究明して変更を加えます。数値には見えないフィードバックに対して、こちらも感性を働かせて、実際に手を動かして最善のソリューションを用意するのです」

また、富士スピードウェイの特徴について聞くと、クルマの性能を限界まで引き出すための、あらゆるテクニカルな条件が揃っている点を挙げた。

なかでもピークパフォーマンスが問われるのが名物の1.5kmストレート。ここでは時速300kmに達するための加速性能、それを第1コーナー直前で一気に減速させる極限のブレーキ性能、さらに続く100Rの高速コーナーでは、ダウンフォースの効き具合や強烈な横Gへの耐性などがシビアに問われる。また高低差が35mある第3セクターでは、トラクションや回頭性によっても性能差が明らかとなる。富士スピードウェイは、そうしたバリエーションに富んだトラックが、常にメンテナンスされた状態にある点でも貴重だという。さらに富士山麓にあることで天候の変化も多く、あらゆる気象条件下でのデータが取れる点においても理想のテストコースである。同時に、路面のアスファルトのμ(グリップレベル)は高すぎず、市販車の開発に対しても非常にポジティブだと東條氏は語った。

「レギュレーションがあるなかで速さを競うレースの世界には、最先端のテクノロジーを惜しみなく投入することで得られる日進月歩の進化があります。それを試す絶好の舞台としての富士スピードウェイがあるのです」

そして、レースという究極のモノづくりの世界が選んだサーキットでLEXUS“F”も進化を続けている。

“F”に注がれる
モータースポーツの心と技

LEXUS TEAMが優勝

2019年8月、富士スピードウェイでは今季2度目となる国内最高峰のスポーツカーレースシリーズであるSUPER GTの第5戦「FUJI GT 500mile RACE」が開催された。シリーズ最長となる500マイル(約800km)の耐久レースを、最高気温33度に達する猛暑の中で制したのは、LEXUS TEAM LEMANS WAKO’S。2度にわたるセーフティカー導入という波乱の展開を乗り越えて、後半は独走状態を保ちながら、5時間にもおよぶ長い戦いの末、前戦の第4戦に続く連勝という快挙を成し遂げた。

一方、LEXUS TEAM KeePer TOM’Sも、予選の結果14番手スタートながら、コンスタントな走りでラップを刻み、37週目には首位へ浮上するなど果敢な走りを見せた。長距離レースの過酷さを極めた後半には数多くのマシンが脱落するなか、終始安定した走りを披露、140周目に最後のピットストップを行った後も猛追を仕掛け、見事、殊勲の4位入賞を果たした。ルールによる厳しいウェイトハンディを背負いながらも、ランキング2位の座を守ることに成功したのだった。

LEXUSにとってシーズン最長、最もタフなレースは年間タイトル争いにむけて大きな前進となった。

LEXUS“F”の源流

重いウェイトハンディを背負いながらも殊勲の4位入賞を果たしたLEXUS TEAM KeePer TOM’S監督の山田 淳氏にレース後に話を聞いた。

「セーフティカーの入るタイミングの見極めが難しかった。上手くいけば3位も狙えていただけに、ポイントは取れましたが残念な結果でした。

私たちは優勝ですら、その勝ち方にこだわりますから今回のレースに納得はしていません」と悔しさを滲ませながら、こう続けた。

「でも、レースはこうしてすぐに結果が出る“めずらしい”仕事だからこそ、最速のクルマ作りに携わる人たちの成長も著しいとも言えます。すごい速度のサイクルで人もクルマもアップデートされているのがこの世界なのです」

こうしたモータースポーツの勝利への“こだわり”と革新的な技術への挑戦の連続が、この富士スピードウェイで鍛えられる、LEXUS “F”にも惜しみなく注がれている。

LEXUSの歴史に燦然と輝く「LFA」。2009年に世界限定500台で生産された“F”のオリジンとも言うべきこのクルマは、“Lexus Future Advance”の頭文字を融合したもので、「スポーツカーの未来」そして「革新的な最先端テクノロジー」を謳ったモデル名を冠している事実からも、LEXUSのクルマづくりにモータースポーツの不撓不屈の精神を秘めていることは想像に難くない。その際立つクルマづくりのコンセプトは現代の最新モデル「RC F」「GS F」のステアリングを握れば感じられるであろう。

RC F Performance packageで富士山麓の表情豊かな大地を巡った今回のロードトリップ。最終寄港地となった富士スピードウェイは、LEXUSハイパフォーマンスモデル“F”の系譜を生み出してきたサーキットでもある。
“F”とは、絶え間ない研究開発とクラフトマンシップが高次元で融合した、レース直系のDNAを宿すハイパフォーマンスの証。
そしてガイアフロー、LEXUS TEAM TOM’Sもまた“戦うフィールド”の違いこそあれ、唯一無二を目指す探求心とクラフトマンシップを武器に世界へと挑む開拓者たちであり、文字通り日本を代表する「TAKUMI」たちである。

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