CRAFTED 研ぎ澄まされた走りの中に表れる匠とは?
東京2020オリンピックマラソン代表内定・
服部勇馬選手に聞く

まだ東京2020オリンピックの延期が正式決定される前の3月のある日、男子マラソン代表に内定している服部勇馬選手が、自らの走りにまつわるエトセトラを語ってくれた。箱根駅伝で総合優勝と2度の区間賞を経験し、トヨタ自動車陸上長距離部に籍を置いて愛知県田原市の田原工場に勤める彼は、順風満帆の経歴を歩むエリートランナーとして紹介されることが多い。だが、意外にもフルマラソン対応に苦慮した時期もあった。彼にとって越えるべき壁、目指すゴールとは何か?自身と愛車との関係からはじまり、東京2020オリンピックの1年延期が正式決定された際の再取材では、代表内定としてこの1年間をどう過ごすかについても率直に語ってくれた。

丁寧につくられているからこそ乗りたくなった

ステアリングを握るのは好きな方だという26歳、服部勇馬選手の愛車は、まだ乗り始めて半年ほど、レクサスRC300hだ。

「入社当時からここ、田原工場でRCを作っていることが選んだ理由です。RC Fがまだデビュー間もない頃で、田原工場の生産モデルの中でも特に目立つ存在でした。カッコよくて速いRCが、いつか手に入れたい憧れの一台だったんです」

なぜハイブリッドのRCを選んだのだろう?

「実は自分ではクルマに絶対的な速さは求めていなくて、エフィシェンシー、つまり効率性を求めます。どうしたら、自分の運転で燃費がよくなるか? そこは長距離でいうランニングエコノミーとまったく同じで、運転している間、ずっと意識してしまうところですね」

服部選手は実業団ランナーとして入社以来、田原工場の工務部に勤め、日中は社内研修の運営に携わっている。
「RCに乗るようになってから、自分で操る、キレイに走らせる意識が高まりました」

大学陸上で輝かしい戦績を残し、今でこそ東京2020オリンピック代表に内定した彼だが、入社した頃は故障も経験し、アスリートとして伸び悩んでいた時期だった。

「正直、入社以前はLEXUSといえば、お金持ちが乗るクルマだと思っていたのですが、田原工場で身近に接して、それだけではない良さを感じました。ものづくりやディティールへのこだわり、一台のクルマとして出来上がるまでのストーリーを知ったからこそ、こういうクルマに乗りたいと確信しました」

トレーニングや合宿の合間に、マッサージや治療院へ通うため、愛車で往復200㎞ほどの移動を、日常的にこなすと言う。ところで、ドライビングでクルマと対話するように、マラソンで走っている時に自らの体を操るような感覚はあるのだろうか?

「確かに自分の体もクルマも、走らせるものだという点は同じです。いずれの場合も操る感覚を楽しんでいますし、できるだけ大事にキレイに走らせています。実際、自分の中では、競技中、頭と体はまったく別もので、僕が運転手で体がマシンみたいに感じることはあります」

終盤で上げるべき出力を作り上げる感覚

フルマラソンに転向した当初は、終盤で失速したレースもあった。

「当時はまだ42.195㎞、約2時間10分の時間を、しっかり走り切る力がなかったんです。それでジョグを重視し、基本のフォームを身体に覚えこませ、同じ走り方でフルマラソンをスタートから最後まで走り通すイメージに切り替えました。(初優勝した2018年の)福岡国際マラソンに出走する前からは、ハムストリングスという裏腿(うらもも)部分の筋肉を鍛えて、腿の裏から押し出すように意識しました。自分の脚がショベルカーだと思って、地面を掻くような感覚です」

アフリカ系の選手に近い強めの前傾姿勢と、前足部から着地するフォアフットを特徴とするフォームが美しいと評されている服部選手だが、それはハムストリングスを鍛えて後天的に身につけたものではない、と言う。

「初マラソン以前からフォアフット気味でしたが、自分の感覚では“足で地面を舐める”ようにしています。つま先側だけではなく、ヒール側から足の裏全体で着地する感覚です。でも自分の感覚と実際に見る映像との間にはギャップがあって、もっと緩やかに着地できたらいいな、という思いはあります」

走っている時は、頭の中で体のどこをどう動かすか細かく意識するより、全体のイメージを大事にしていると言う。

「体ひとつで走ってはいますけれど……自分が二人いるような感覚なんです。(右手を後頭部の上に伸ばしながら)この辺りから指令を出している自分と“じゃあそうしようか”と、走りながら会話しています。私は、脚に対してレース中に何度も言葉をかけているんです。分身との会話というより、独り言を言っている感じで、最初の10~15㎞ぐらいでは“もうちょっと抑えて”や、20㎞ぐらいでは“出力上げ過ぎてるからもうちょっと落とす”など。本当にレースに集中できている時は、“ここでは行かない”や“行く”という指令が、頭の上からおりてくるんです。不思議なことに、練習が不十分だったりレースに集中できていない時にはもう一人の自分が現れないのですが、失敗できないレースの時には現れるんです」

練習と本番はどうつながっているか

マラソンの終盤に出力を上げる時、もう一人の自分はどんな言葉をかけてくるのだろうか。

「マラソンは本番までに、だいたい3ヵ月かけて準備するのですが、そんな時には、1日も妥協せずに取り組んできた自分がいるのに、“この順位でいいのか?”という言葉がおりてきます。キツい練習をはじめ、耐えて耐えて取り組んできた様々なことが走馬灯のように思い返されるんです。たとえば、福岡(国際マラソン)やMGCの時は“妥協せずにやってきたんだから大丈夫だ”と、最後に思えました。一方、初マラソンの時や2回目のフル(マラソン)で失敗した時には、“もう少し練習でこうすべきだった”と感じられたんです」

つまり、彼の言う、もう一人の自分とは、頭と体の間で励まし合う分身ではなく、記憶の中から戦略面とメンタル面でブーストをかけてくれる、そんな存在のようだ。

「だから普段の練習でも、妥協はしてはいけないし、普段の練習や行動の一つ一つが、最後に線となってつながる。いい意味でも悪い意味でもつながるので、日々の取り組み方が大事だと思っています」

では、暑く厳しい天候が予想され、“速さ”より“強さ”が求められるオリンピック本番では、レースの組み立てや勝負の仕掛けどころをどう見極めていくのか。

「ペースメーカーがいない場合は、戦略や作戦は立てても、そのまま遂行することが難しい。だからレースの流れに応じて、さっきお話ししたもう一人の自分の指令を聞くことが大事です。“ここは行かなくていいよ”など、駆け引きはレースの流れに応じておりてくる自分の声に任せます。実際、全体の流れを俯瞰して冷静に走っている時の判断は、勝利につながることが多い。本当にそのような感じで、冷静な時はライバル選手がスパートしても、どうぞお先にという感覚で、焦りもしないんです。一方、それが下りてこないで、自分だけの視野でしか見られていない時は……失敗しやすいですね」

冴え冴えしている時の走りとは

ところでMGCのレース序盤で、東洋大学の先輩である設楽悠太選手が大逃げを打った時は、あの展開は予想していたのだろうか?

「あの時はスタートから悠太さんが行くとはまったく分からなくて。前半で2分差が開いた時は焦りました。100秒差ぐらいに縮まってきたことが分かってから、“まだ届くはずだ”と、落ち着いてきました」

39km地点を過ぎて、トップをいく中村匠吾選手を2番手の大迫傑選手が追いかけた時、服部選手は冷静にペースを保ち続けた。そして41kmを過ぎ、前を行く大迫選手が後ろを振り返った瞬間、これまで積み上げてきたものを背景に、“いける”という確信を得たと言う。

「まだ自分には足も残っているから大丈夫だと思いつつ、実は冷静ではいられませんでした。でも、自分がやってきたことをすべて出し切る、出し切れば勝てるはずだ、と実感できたんです。もちろん、それは見えている時の話で、そうでない時はまったく見えていないんですが」

まだ見えぬものを手繰り寄せ、それを現実のものとするために、日々鍛錬を続ける服部選手。彼の姿は、お客様が真に求めるものに、その人以上に思いを巡らせるCRAFTEDの精神を、LEXUSが追求する姿勢と通じるものがあるのではないか。ちなみにMGCでは、1位の中村選手とは8秒差の2位でゴールした。

「あの時は、東京2020オリンピック代表に内定した安堵感と、2位を目指してやってきたわけじゃないという悔しさという思いが、半々でした」

最後に、アスリートとして今後の抱負を聞いてみた。意外にも彼は、直近の目標と思われた東京2020オリンピックよりも先、もっと長い時間軸での目標を語ってくれた。

「美しい、キレイな走りで、速さを追い求めていきたいです。今は強さを求めている最中で、東京2020オリンピックから先は、自己探求としての速さを追求したいです。パリ2024オリンピックが、自分の中では最も重要なポイントだと考えていて、強さと速さ、どちらも完璧な状態で迎えたい」

なるほど、服部勇馬選手の中ではすでに東京2020オリンピックのスタートの号砲は鳴っており、さらに先にあるゴールまで、彼には見えているのだ。

LEXUSの一員として

トヨタ自動車陸上長距離部でLEXUSの一員として、実業団ランナーの道を選んだ服部勇馬選手。「陸上以外でも経験を積むことで、競技力の向上にもつながると考えました」と言う。その言葉通り、マラソン選手としてのステップアップと田原工場で働く時間は、密接にリンクしていた。同じことを繰り返しているようで、実は毎日、異なるチャレンジを着実に積み上げ、未知の領域と感覚を切り拓いていく姿勢は、LEXUSのCRAFTEDの精神をそのまま体現している。LEXUSのクルマづくりの最前線で、その雰囲気を敏感に感じ取って成長を続ける彼が、どのような走りを見せ、どのようなゴールへ向かっていくか、要注目だ。

東京2020オリンピックの1年延期が正式決定され、再取材に応じてくれた時、服部勇馬選手は予想以上に落ち着いた様子で、こう述べた。

「延期はもちろん残念ですが、間延びしてモチベーションが下がるといった影響はないです。置かれた状況は誰もが同じで、“より強く、より速く”のため、今の状況で最善を尽くすことに変わりはありませんから」

代表内定として1年を過ごす異例の事態にも、メンタル面で動じることはないようだ。

「むしろ練習できる期間が増えた分、これまで以上にスピードへのアプローチ、高速に対応する余裕を追求します。2時間5分を目指す取り組みですね」

同時に、競技に向きあえる日常や環境が当たり前のものではなく、支えてくれている人々や会社、地域への感謝の念を新たにしたと言う。

※トヨタ自動車は東京2020オリンピックのワールドワイドパートナーです。

服部 勇馬 Yuma Hattori

トヨタ自動車陸上長距離部所属。新潟県十日町市出身の1993年生まれ。東洋大3、4年時は箱根駅伝2区で2年連続となる区間賞を獲得。18年福岡国際マラソンでは日本勢14年ぶりの優勝。19年のMGCで2位となり、東京2020オリンピック男子マラソン代表切符を手に入れた。愛称は「プリンス」。弟の弾馬は18年日本選手権5000メートル覇者。

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