CRAFTED VISION 日本の美意識からなる
「CRAFTED」は
いかに継承されるか?

2019年9月4日
ICC サミット KYOTO 2019

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LEXUSの開発・製造、サービス、販売店にいたるまで、ありとあらゆる場面で貫かれるのが「CRAFTED」の精神だ。日本の美意識に根ざし、日本ならではの感性を取り込んだ価値観をもとに、最先端のテクノロジーから匠の技まで、ありとあらゆる方法で、LEXUSは「CRAFTED」を追求している。

それは、自動車を作るだけに留まらない。LEXUSが主催となり、モノづくりに勤しむ若き「匠」を支援するプロジェクトも進行中だ。2016年に開始された「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」では、日本各地で地域の特色や技術を生かしながら、「地域から日本全国へ、そして世界へ」羽ばたくモノづくりに取り組む人々をサポートする。

2018年度は、47都道府県から50名の匠を選出。伝統技術に自由な発想を掛け合わせたモノづくりに挑んだ。

2019年9月4日の夜、京都は四条河原町のほど近くに誕生したアートホテル「BnA Alter Museum」は熱気に満ちていた。産業を共に創る経営者・経営幹部のためのコミュニティ型カンファレンスを手掛けるICCパートナーズが主催する「ICCサミット KYOTO 2019」の特別企画として、『CRAFTED NIGHT powered by LEXUS』が開催されたのだ。

会場が話題のアートホテルであったこと、「泊まれるアート作品」の見学ツアーなども手伝って、多くの来場者に恵まれていた。

会場が話題のアートホテルであったこと、「泊まれるアート作品」の見学ツアーなども手伝って、多くの来場者に恵まれていた。

交流スペースとなったホテル2階に位置するカフェには、「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」に選出されたアーティストも姿を見せた。陶板画作家・陶磁器デザイナーであるSHOWKO氏、京地張り提灯職人の小嶋俊氏である。

今回は時間をいただき、プロジェクトに参加したアーティストにとって、LEXUSの「CRAFTED」はどのように映ったのかを聞いた。その言葉から「CRAFTED」の価値観を理解する、新たな手がかりを得ていこう。

どこかに「余白」を感じさせるのが、
日本らしさ

まず話を伺ったのはSHOWKO(ショウコ)氏。茶陶の窯元「真葛焼」に生まれ、佐賀での陶芸修行の後、2005年より独特の技法での陶板画制作をはじめた。2009年には“読む器”をコンセプトに持つブランド「SIONE(シオネ)」を立ち上げ、陶板画などのアートワーク製作、デザイン、ブランディングなどを通じて、国内外で作品を発表している。

──LEXUSのCRAFTEDという価値観は、SHOWKOさんからはどのように映りますか。

SHOWKO氏 LEXUSさんのおっしゃる「CRAFTED」って、生み出されたものと、想像や思いや慈しみのような「何か」が合わさって形作られるという定義をされているのでしょうね。
だから、その「CRAFTED」は言語化できないものをプロダクトという形にするという信念なのだと思います。

たとえば、私たちが先代から「継ぐ」とき、その媒介は言葉だけではありません。目で見る、目の動きを見る、手を差し伸べる……これらを合わせて技術が継がれる。もちろん、時にそれが言葉という形で、ストンと胸に入ってきたりもします。

デッサンをしている時によくあるのですが、まるで手と頭が繋がったように感じられたときに技術は上達するんですね。頭での理解を超えた部分に、知恵が宿ることは、普段の仕事をしていても感じます。

──言語「外」のところで理解していることも多分にあると。あるいは、技術や知恵を持たない僕らのような人に伝えるために、あえて言語「化」することもあるのでしょうか。

SHOWKO氏 そうですね。たとえば、日本では100円ショップにも器が並ぶ中で、わざわざ1万円や10万円もするような器も売っています。そして、それが買われている。

この時、何が「買われているか」というと、継承による積み重ねも一つなのだと思います。自分でイチから技術を学び、30年や40年と同じ仕事をしてきた人が、自分の一生では足りないような工夫を器に宿す。一生では足りないから、2代目がその工夫を継ぎながら、またそこから工夫を施し、さらに3代目が重ねていく……。

目の前の器が10万円するとき、作陶した現在の人の手業を買っているというよりは、もっと長い歴史や、たゆまず繰り返されてきた会話を含めた価格が付いているのだと思います。

ただ、日本は時代の移り変わりも早くなり、なかなかそこを見る余裕がないこともあります。そこへ少しでも想いを馳せてみたり、わが子や孫へ使い手も代々移れたりすると、実は10万円が単純に「高い」と感じられないこともあるのかなと。

──なるほど、日々の工夫を4世代分、その歴史ごと買うイメージです。

SHOWKO氏 機械はデータをコピーしたら全く同じものができるけれども、人間は教えられても作る人の解釈が入りますから、ある種のバグや誤解みたいなことも起きる。だからこそ、各々の「良さ」が生きてくるんだと思います。それがCRAFTEDなものが続いていく意義なのかなと、最近は感じていますね。

──CRAFTEDなものを作る側から見て、使う人や買う人に期待することはありますか。

SHOWKO氏 器は、器だけで完成するものでなく、お料理を盛ったり、どのテーブルの上に置いて、誰と食べるかによっても見え方が全然変わってきます。長年使っていくことで、「欠け」さえを含めて思い出も乗っかっていったり。つまり、作ったときと、買ったあとでは、全く価値の異なるものになっていくんですよね。

言わば、器に宿る「余白」を感じる体験をしていただくと、「ものの意味」について思いを巡らすことができる。実はそれが重要であって、すごく人間臭くて、すごく日本人らしいことなのかなと。

──単なる機能性といった価値を超えていくのですね。

SHOWKO氏 器に関していえば、ひっくり返して土台の良さを鑑賞し合ったりするのは、日本だけでしょう。絵柄についても、海外の作品はまんべんなく描かれているのに対して、日本は端に寄っていたり、散逸したり。裏返した人だけが気付けるくらいに、小さく絵が描いてあったりもするんですね。

高台の削り方も、ガサガサとした削り目をあえて残すことで人の手の介在を感じさせ、「完璧でないもの」に仕上げることで愛おしさを覚える。そんなふうに、どこかに「余白」を感じさせるのが、日本らしさともいえます。

──CRAFTEDな価値観は、まさにその「余白」にも表れてくるのでしょう。

SHOWKO氏 日本の作り手が海外へ行くと、職人への敬意がある国も多く、自己肯定感がとても上がって帰ってくることがよくあります。日本だけで仕事すると、価格競争のようなものに巻き込まれたりして、つらい思いをすることも少なくありません。

私自身、日本のものづくりの人たちの地位を上げ、誇りを取り戻してもらうことの大切さを、ずっと感じています。その営みは広く「日本人」のためにもなるのではないかと。世界に誇れるようなものがあることを知ると、日本人でいることを喜べる瞬間が来ますよね。

どこかの国の真似をするのではなく、もう一度、自国で素晴らしい文化や技術を知っていただくことが、これからの日本にはとても必要なのだと思います。「技術継承者がいない」といった悲しみや焦りを伴う発信の仕方だけではなくて、実は国民のためにある技術は、自分たちのルーツになっているという発信の仕方へ、徐々に変えていかなければとも考えます。

職人それぞれが意識した「美しさ」が
集まって、ひとつの作品になる

次に、寛政年間に創業し、京地張り提灯を作る「小嶋商店」の10代目職人を務める小嶋俊氏に話を聞いた。小嶋氏は高校を卒業後、父や弟と共に家業である提灯製造に励んできた。2013年には灯りブランド「小菱屋忠兵衛」を立ち上げ、内装照明やインスタレーションを中心に、京提灯の魅力を発信し続けている。

──手掛ける「京提灯」は製法が似通っていても、工房ごとに違いが出るものではないかと思いますが、どのあたりにその差が現れると考えますか。

小嶋氏 僕らが常に意識しているのは、向き合うのは目の前の素材だけにして、人との対比はやめようと。昔は職人同士でも認め合わずに「あれはあかん、俺が正解」という人も多かったです。ただ、僕らは職人それぞれの考え方があり、あくまで自分たちとしてはこの方向性で行こうと決めたことへ、今は突き進めています。

京提灯は、竹で骨組みをつくり、紙を貼り、字を書くといったように、いくつかの工程に分かれます。僕が担当するのは骨組みです。作りたい形に合わせた竹を揃え、弟が担当する紙貼りがなめらかにできるように整える。弟は弟で、父は父で、それぞれで明かりが出たときに美しくなるように意識しています。

たとえば、提灯はインテリア用であれば「まん丸」のフォルムもありますが、古典的な提灯は下が細くなっています。なぜなら、見上げることが多いですから、まん丸に作ってしまうと下膨れに見えてしまう。その想定のもと、父の書き文字も調整がなされています。

──担当する人の美意識に任せているということでもあるのですね。

小嶋氏 そうです。僕よりも弟の方が紙貼りは絶対にきれいですが、弟に僕のような竹割りは絶対にできない。各々が圧倒的に、絶対の自信を持ってやっています。そして、それぞれが意識した美しさが集まって、ひとつの提灯になる。僕らとしても、そこに凄みを感じますし、好きなところでもあります。

だからこそ、次の人が仕事をしやすいように仕上げて、渡していかなくてはなりません。ただ、竹の質まではどうしても変えられませんから、「ごめん、あまりええ竹と違くて」みたいに素直に伝えたり、父は「お前の貼った提灯は描きやすいわ」って弟の紙貼りを褒めたりと、ちゃんと言葉にすることはよくありますね。

──次の工程に渡していくという意味では、LEXUSが作る自動車とも通じます。

小嶋氏 LEXUSのムービーを見て、たとえば「時計の秒針が歪まないほどの鏡面仕上げ」といった点は、強いこだわりを感じましたね。

僕らも似たようなところがあるのですが、ただ、「そのこだわりがあるから欲しい」といった類のものでもないように思います。「時計の針が映るから欲しい」のではなく、全体像として格好良いと感じ、後から知ってもっと欲しくなるくらいのことのはず。

だから、そもそも格好良くないと絶対に成り立たない話だとは、正直感じていて。圧倒的に目に付かないと誰も興味を持ちませんからね。

──京提灯でいうと、全体の格好良さを事前に詰めるのか、結果的に格好良くなるのかでいえば、どちらですか。

小嶋氏 両面ですね。元々決めるところは決めて動きだしますし、ざっくりしたイメージだけを伝えて弟に紙を貼ってもらうこともある。結果的に格好よくなる場合もありえます。ただ、責任領域に関しては「どんなものでも格好良くしたる」みたいな思いは、みんなにあって、つながっているんですね。

僕らは自分の領域から次へ渡したり、商品を納品したりするとき、とにかく褒めちぎります。「めちゃめちゃええやん、これは喜ばはるで」って。それは絶対にやりますね。

日本に宿る「分業でものを良くしていく伝統」

SHOWKO氏が語った「工夫の積み重ね」や「日本らしい余白」、小嶋氏による「確固たる美意識」と「絶対的な自信」……そのどれもが「CRAFTED」という価値観とも接続し、LEXUSに宿るモノづくりの気高さを表する言葉としても機能することに驚かされた。

この日の『CRAFTED NIGHT powered by LEXUS』では、ネットワーキングパーティに加えて、トークセッションも開かれた。SHOWKO氏、小嶋氏に加え、ICCパートナーズの小林雅氏、電通の各務亮氏、Takramの渡邉康太郎氏、レクサスインターナショナルの沖野和雄が顔を揃えた。

会場に置かれたSHOWKO氏、小嶋氏の作品を切り口に、それぞれの専門性、また異なるビジネス領域からの知見から言葉が交わされていった。

沖野は「日本の面白いところは分業によって匠の仕事が高みに上がることがある点だ。ネクタイ、版画、自動車、京提灯と、いずれも同じ。分業は日本人の得意領域であり、分業でものを良くしていく伝統をあらためて発見した。そのためにも、人のつながりをつくることが大事だ」とセッション中に述べた。

日本の若き「匠」たちの現場には、LEXUSの「CRAFTED」に通ずる価値観が、脈々と流れている。日本のモノづくりを知り、体感し、作り手の声を聞き、そして実際に使うこと──「CRAFTED」への理解は一朝一夕では成らない。ただ、SHOWKO氏の言うように、たゆまず会話や発見を繰り返すことで到達できる「何か」がそこにあると、感じさせてくれた。

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