The report

Science Non-friction

宙に浮かぶ列車や空飛ぶスケートボードは、SFの話にしか聞こえないという人も
多いだろう。だが、ドイツの金属物理学の研究所でそれが現実のものとなった。

ドイツ東部のドレスデン郊外に、粗末ともいえる巨大な倉庫が立っている。将来、人類の移動手段に影響を与えるかもしれない研究がこの内部で行われているのだが、それを感じさせるような気配は1つもない。約1世紀の歴史をもつこの広大な建物の中では、2000年代初頭から研究機関IFWの科学者により、超伝導現象を利用した新しい乗り物の開発が進められてきた。

「特定の物質をきわめて低い温度にまで冷却すると超伝導状態になります」。IFWのディートマル・バーガーは、さまざまな形や大きさの金属が並べられたガラスの棚を指差しながら説明する。これらの複合材料はマイナス180℃以下で超伝導体になる。中でも有名なのは、イットリウム、バリウム、銅の酸化物だ。「金属だけでなく、セラミックの一部も超伝導に使用できます。電気抵抗がゼロのままで電気を流すと、磁場が排除されてしまうので、無重力のような状態ができるのです」とバーガーは説明を続けた。

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この研究所の科学者を除いた誰の目にも、超伝導現象がもたらす効果はSF小説の話にしか見えないだろう。磁石を埋め込んだレールの上に冷却した金属の塊を乗せると、無重力状態のように浮き上がるのだ。

超伝導体を活用すれば、今までにない画期的な輸送システムをつくり出せる可能性がある。そう確信したのはIFWの元トップ、ルートヴィヒ・シュルツ博士だ。この原理はすでに1990年代からおもちゃの電車に使われており「本物の鉄道システムにも応用できるはずだ」とシュルツは考え、2002年に着手されていた研究プロジェクトを推し進めた。

技術の粋を尽くしたSupraTrans II。重さ400キロメートルの列車が、楕円形のレールから10ミリメートルほど浮き上がる(SupraTrans IIに乗るオリバー・デ・ハース博士)。
LEXUSホバーボードの設計と製作は、ドレスデンの施設にてIFWとEvico社が共同で手がけた

日本ではすでに電磁石を利用し宙に浮くリニアの計画が進められていた中、超伝導体を使い同じことができると証明することがシュルツの目標となった。7年の歳月を費やし、ようやく最初の試作車が完成。彼が思い描いていたものが現実となったのだ。

2012年、成果が一般に公開された。Test Drive Facility SupraTrans IIと呼ばれるその2座席のオープントップ列車には、すぐに“空飛ぶじゅうたん”というニックネームがつけられた。誰もが見た瞬間、ネーミングの理由を納得できた。車輪の代わりに、液体窒素でマイナス180度以下に冷却されたセラミックの超伝導体が装備されている。その部分が磁気を帯びることで浮上し、永久磁石を埋め込んだレールの上をスムーズに飛行できる。重量400キログラムの車両で実験したところ、10リットルの液化窒素を使い、1周80メートルの円形レールの上を最長24時間、ずっとスピードを維持して走ることができた。走っているのはレールから10ミリメートル上だ。

「複雑に見えるかもしれませんが、この列車を浮上させるために必要な要素は3つしかありません。1つはレールに埋め込む永久磁石。続いて一定の期間、反発する磁石の役目を果たす超伝導体。最後に超伝導物質を冷却し、磁性を引き出すための液体窒素です」。こう語るのは、このシステムをIFWと共同で開発したEvico社のオリバー・デ・ハース博士だ。

超伝導体の磁力を引き出すカギを握るのは温度だ。マイナス180度以下に冷却しさえすればいい。この写真の液化窒素が、速冷却を引き起こす

3つの条件を念頭に置きながら、科学者らは超伝導による空中浮揚の実現に向け、応用の研究を重ねた。この分野で世界的なパイオニアと呼ぶことのできる研究所は、ほんの一握りしか存在しない。
IFWは、ブラジルや中国の研究所と並び超伝導のパイオニアとして認められている。同研究所では将来的に施設内で毒性物質の実験を行いたいと考えており、現在、試験管に入れた毒性物質を移動するための「動作原理の研究」を行っている。空中浮揚型の補給システムができるなら、研究者の体に毒性物質が接触することを回避できるからだ。さらに応用技術が進めば、核や放射性物質などの汚染物質を取り除く作業もできるようになるのではと考えられている。近い将来、空中浮揚による非接触状態が物品輸送に応用されることはほぼ間違いない。とはいえIFWは、人々が強い関心をもつ空飛ぶ乗り物についての研究も忘れてはいない。

世間をあっと言わせた、ホバーボードをつくり出したディートマル・バーガー
ホバーボードは、スケートパーク内の地上だけでなく水上も走

2014年10月、IFWの科学者らは、本当に開発するとは夢にも思わなかった乗り物の設計と製作を委託される。それが、レクサスの第4弾のブランド広告キャンペーンAMAZING IN MOTIONのためのホバーボードだ。科学者チームはSupraTrans IIの機能原理を利用してホバーボードをつくり上げた。それは、いまだに人気を誇る映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でマーティ・マクフライが乗っていたものによく似ている。この車輪のないスケートボードは、バルセロナを舞台に世界デビューを果たした。プロのスケートボーダー(今では、ホバーボーダーでもある)ロス・マクグランが技を披露しているのだが、その秘密は、スケートパークの傾斜面やカーブの下に埋設された磁気レールにある。ボードに内蔵された超電導磁石が磁気レールと反発して、ボードがスムーズに浮かび上がるわけだ。

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今回のプロジェクトはIFWが研究を進めるうえでの次なる一歩となった。「LEXUSホバーボードを製作するために、私たちは限界を押し広げる必要がありました」。そう明かすのは、コンセプトづくりから仕上げにいたるまで、プロジェクト全てに携わってきたバーガーだ。「上に向かって傾斜するレールを相手にするのは初めてでした。そして、上り坂でも実際に空中浮揚するのを目にしたとき、私たちは不可能に見えることも可能にできることが分かりました。いつの日か街全体に磁気レールが敷設され、静かで環境に優しいキャビンに乗り、上り坂も下り坂も関係なく移動できる日が来るかもしれません」。

液体窒素をボード下部に内蔵し超伝導を冷
レクサス全モデルに搭載されているスピンドルグリルをモチーフに生まれたホバーボード。同グリルの質感と形状の一部を忠実に再現している
磁石を埋め込んだ磁気レールに反発し、ボードが浮き上がる
浮き上がるホバーボード
ホバーボーダーのロス・マクグラン